私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレス(2017'11月迄)から自己破産→人生再生中←今ココ)

誰目線だろう


地球にとって"大切な事"とは誰目線か?

プラスチック新法が出来て半年。

とうとうマクドナルドも紙製ストローやフォーク、スプーンになった。

実はね紙製にする事はしっくりこないので私ワールドでは反対してる。
デモを起こす訳でも無く。
多くから署名を集める訳でもなく。
細やかながら1人で反対してる。


時の流れなのか日本では皆がキャンペーンか何かの如く「地球の事」を考えるとかで。
「SDG's」とか。
「Good For the Planet」とか?
実はこれが
どういう意味なのか理解出来ず考え込んでしまう。


日常ではエコバッグがようやく自然になってきたように感じる。
でもね。
それはそれまでスーパーで貰っていた袋が有料になり1円でも安く在りたいからではなかった?
考えて考えて調べて追求して地球の事を考えて
自分のエコバッグを持つようになった人達がどのくらいいるだろう。


矛盾を感じつつも社会に合わせて生きる事を楽だと思う自分が情けない。


お惣菜を買う。→プラスティック容器に入ってる。
私の日常生活にはプラスティックが溢れてる。
リップひとつ見てもプラスティック。
私が毎日使う喘息の持ち歩く吸入器。


日常の大半はプラスティックで出来てる。
再利用出来るのはペットボトル以外にもあるのかな?


専門的な事は理解していないけれど毎日観るTVやリモコンですらプラスティックが使われてる。
私は個人的に好きで身の周りや家の中に陶器製やガラス製品を敢えて選んで買う事が多いけど
これらだって「元」がある訳で。
これもまた理解出来ていないけれどガラス製はリサイクルに出すよね。

それでも改めて家の中を見渡すとプラスティックだらけ。
アクリル製品は何が原材料なのか?
正直詳しく学んだ事が無い。


マクドナルドのストローを紙製に変えると9tが削減されるらしく。
これが地球の為にどれくらい良きに繋がるのか?も私は理解出来ていない。
小さな事を少しずつでも世界中がする事で良い事をしてる?感覚になる。


そうなのよね。
「確かに」って思える感覚。
地球の事を考えてしているというより分別が決められているからしてるという感覚。




ブンッ!と一生懸命立ってる木はどうなる?
天然石油はどうなる?
そんな事言い出したらキリが無いね。

こう思う人が大半だと思う。


私と娘が暮らしていたカナダの州では
1年のうち2ヶ月以外はずっと雪が降っていてマイナス気温が当たり前の場所だった。
それがわずかこの12年程で夏の期間が年々長くなり気温も上昇し続けて
30度を超える日が増えていると聞いて複雑な気持ち。


彼らは生まれ育った家にエアコンが必要の無かった場所で生きてきただけに温暖化を体感してる。
氷河があとどのくらいで消滅するかと聞いた事のある人も多いかも?
日本で暮らしているとそれは遠い場所の遠い未来の話だから
今すぐは関係がないような気がして実感する事は難しいかもしれない。

私も含め人間が自然災害を作ってるだけ。
森林で暮らす生物、動物達は未来の居場所を奪われ続けてる。


街中でも猪が。猿が。鹿がと聞いて驚く人が多いけれど
私を含め人間達が自然や居場所を奪ったからなのに。
「ごめんね。」と思う人はどのくらい居る?



今の感覚のままで
本当に地球にとって良き事をじっくり本気で考える事が出来るのだろうか?

プラスチックをやめて木製に紙製に変えるとなればこの地球から年間でいったいどれだけの木が伐採されるのだろう?
そう考える人がどうか増えてほしい。


私の場合は12年前から始めたマイ箸やマイフォーク。
実はホームレスの頃。
これらはめちゃくちゃ大事でした。
今も大事に使ってる。


時と場によるけれどゴソゴソとバッグから出すと「え?!」っていう人は少なからずいる。
他人に無関心な人が多くても私のように人と違う行動をする人は目立ってしまう。
静かに出してるつもりなんだけど。


私はね。
ふと地球に住んでると実感出来る瞬間がある。


それは暑いとか寒いとか。

頭痛がすると「あぁ地球には間違いなく重力があるんだなぁ」とか。

気圧があるんだなあ。とか。

髪の毛や爪が伸びたり?(ごめん、これは地球と関係あるのか?)

つまりはとても小さくしょーもない事ばかり。

私は行った事が無いけれど火星でも月でも無く地球で暮らしているのだなあと感じるのです。


人工的に人間が育てて成長して切られたお花を観る人は大勢いる。
私もその1人。
でもね。
自分の力で一生懸命に生えてきた雑草は売られていない。
何なら抜かれたり踏まれたり除草剤で殺されてしまう。
子供に綺麗に咲いてるお花をちぎったらダメと叱る大人達は居たけど
道に何気なくシャン!と立ち上がった雑草は抜いても叱らない。

私が子供でも大人でも屁理屈を言ってると思われるかもしれない。


私ね。
日常生活の中で大半は流れにのる自然体が大好き。
地球が大好き。
自然災害は人間が起こしている事だってあるはず。
勿論。
専門的な知識も無い私が言う事は間違っているのかもしれない。
学習する事よりも日常生活で見える全てが大切だと感じてる。



現代を原始時代に戻す事は無理だとしても
人それぞれの必須は違うので何が最終的にどれが絶対必要なのか?
それは現代で過ごす人が今在る場所でそれぞれ考える他ない。



言い訳がましく言うと私は難しい事はよく理解出来ない。
ノーベル賞を受賞した内容を聞いてもほぼ理解出来ない。

ただね。

地球には空気があって水があって木が生えてる。
そのおかげで生物全体が在る。
これが私の好きな区分と感覚。

今年に入りスターバックスのストローが紙になった頃。
急いで飲まないとストローがふやける事に関心がいき
これまで私のマイストローが無かった事に気づいた。


そこでたどり着いたのは単純にカップに口をつけてゴクゴクする方法。
口に生クリームが付いたって舐めちゃえば自分の口でも美味しい。
揺れる車や電車の中ならマイボトルで大丈夫。

偉そうに言ってるけどストローの歴史を調べた訳じゃない。
日本ではいつからストローがあったんだろう?とか。


検索すれば出てくるだろうけれど私の日常で今はそんな事はどうでも良くて。
「蓋とストローは無しで大丈夫です〜。」という事にした。
呆気なく簡単だった。

「決まりで蓋を付けてお渡ししているので」と断られた事もあったけど。
働く人が職場で大変な立場になるのは
私も困る。
結局プラスティック蓋付きのプラスティックカップで紙ストローだけ無しとなる。

温かい飲み物は紙製?のカップで手が熱い。
文句ばかり言ってるね。私。


お行儀悪い?かもしれないけどカップの蓋も必要なくゴクゴクする事にした。

たまに自分の水筒を持って職場へ行っても帰る頃には足りなくなって買い足して水分を取ってる。
大きな水筒は重いとか言い訳してね。

お弁当と水筒を持って職場へ行くとそれだけで結構な荷物。
スマホだけで良しというバッグでは大きさが足りない。

週のうち何度かは結局外で飲み物を買う。
帰りにコンビニやマックへ行くと幸せな気持ちになれる。

細やかなたま〜の楽しみ。
いや私ってば子供みたいにニマニマして
ハッピーセットを嬉しそうに持ってるじゃないかっ!とクスッと笑える。


いや、そういう話ではなくて。
スタバへ行っても蓋とストローなしにしてみても
カップがプラスティックだったりする訳でって話に戻そう。


紙製ストローを口にすると伐採される木の事が浮かんで飲めない自分に気づいた。
店員さんの親切で「どうぞ〜」て言って付けて頂くアイス用の木製スプーンは可愛いけど使わない。
だからどんどん溜まる。
(溜めるだけの供養か?)

自分でもわかってる。
私は本当に面倒くさい生き物だなあって思う。

頭が休まる暇がなくて大忙し。
今、無心になれる時間は趣味で踊るダンスの時くらい。
汗が出て痛みを感じて。
でもみんなと揃って出来ると感動して。


終わるとまた頭の中が大渋滞している高速道路になる。

「大抵の事は寝れば忘れる。」
最近はこの呪文の波に必死で乗っています。

54字小説みたいに書けなくてごめんなさい。

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