私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

Butterちゃんなくならないで。


久しぶりのダラダラ土曜日です。

昨日書いたブログの中で私がある人に「反論」したという話。「そのうち」「いつか」ここで書いてみようと思っていました。
きのうまで。

今日は朝寝坊をして。
ダラダラとして休日時間を平和そのものを無駄に味わっています。

私の生存を気にかけて下さる方の為。
自身の健康維持の為。
明日遊ぶ時間の為。

色々な理由はありますが宿題を後回しにしているような気がしたのでこのダラダラが次いつあるかわからないので
今日。
書き残しておこうとおもいます。

では。早速。

下記はある方から言われた言葉です。

どんなときでも、ゆっくり深呼吸をすること。
日常を止めないこと。
全てはそこにあります。
そこにいれば落ち着いて考えることができる場所を作ること。
いつもに増して考えること。
情報が飛び交っているとき、耳を澄まして聞くこと。
聞き分けること。


この言葉について躊躇なく後悔なく私は反論していました。


しんどいと感じたらその時には日常が止まっても良い。私はそう思う。落ち着いて考える事が出来る場所は必要だけれど。ただ、思う。私のような人間は考えなくても良い事まで考えすぎて自分で自分を疲れさせてしまう。だから1つの情報を100個に膨らまして疲れ切ってしまうんだ。「耳を澄まして情報を聞き分ける。」私は自身が疲れてると感じる時がしょっちゅうある。それはただただ怠けてるだけなのかもしれない。人としても社会人としても何をやっても「ちゃんと」は出来ない。一般的で言う「最低限」が出来ない事がある。だからどの情報も耳を澄ませば澄ます程自分を虐げて苦しくなる。
多分、私のような人はこの社会にはいると思う。聴かなくても良い情報なのか聴いたほうが良い情報なのかなんて考える時間を
自分に与えてはダメだと思ってる。日常生活を送る中で耳にたった1回入ってくる言葉があったとする。たった1回だけでも耳に入ったり目に飛び込んでくる情報がずっと頭から離れなくなって不安で不安で私はどうにかなって壊れてしまうのか?と意味不明な恐怖みたいなものが浮かぶ事もある。ヘリの音がずっと聴こえて。でもね彼らもそれは仕事だ。仕事を一生懸命頑張ってる人達に私の精神の事情をとやかく言う理由なんか無い。そう思ってる。深呼吸が出来ない時があってもそれは自分の悪じゃない。そう思う。


決して悪気があった訳ではないはずです。私の事を案じ届けてくれた言葉なのだと理解出来ました。でもね。初めて私はその人に私自身から「意見」をした。それ以来。その人いからこの事について何も言葉が返ってこなくなった。面倒臭い人間だと思われたかもしれない。だとしても後悔はしていない。正直な純粋な私の気持ちを伝える事が出来たのだから。え?そんな事?と思われるか。凄い勇気あるね!と思われるか。私の事を思って言って下さった方に失礼だ。何とも思わない。と思われるか。

ただ昨日の「宿題」はとにかく今日片付いたのでこれで良き。

「相手にどう受け取られるか?」を考えて考えて必死で言葉を選んで話すって心底疲れる。これまで私は常にこれについて考えて生きて自分で勝手に疲れていたように思う。

逆に私自身に対してそう思う人もいるだろう。ほぼ毎日会う学生達は私に遠慮なく色々な話をしてくれる。どうでもいい話をしたり笑い転げる話だったり。恋愛の話。自分の将来や友達関係の話。家族についての悩みを話したりする学生達と接するようになってから不思議な事に私は肩の力が抜けて気楽になった。

確かに今の私の「職場」ではあるけれど離れていってしまった人がありがたい事に今のところ居ない。何なら話す相手は増えてきて駆け込み寺のおばちゃんみたいになってる。事務仕事は教授や准教授からの頼まれごとも増えてきて確かに日々忙しい。私の体調が悪い時には院生が気にかけてくれたり。嬉しいよね。そんな温かい気楽な感覚の職場。

でもね。

私の娘よりもうーんと若い子達から学ぶ事がめちゃくちゃ沢山ある。それが純粋に楽しい。
私の頭の中が幼稚だから。多分ね。
私が大学に自分が通っていた時にこんな友達たちがいたら。人生が180度違っていたのかもしれない。

気楽にネットに繋がれば情報が溢れている今の社会の中で「人」対「人」が目を合わせて話す情報や繋がる会話は現実味があって本当に楽しい。私が学生の頃はあまりにも昭和で。
今思えばあれはあれで面白かった。
待ち合わせをどうやってしていたのか?思い出せない程レトロな社会で生きてた。
まるで小説の中に私は暮らしていたかのような?

最近レトロブームをよく見かけるけど。
私は歩く「レトロ」だ。
結構生き歴史の先生なのかも?と錯覚する。
これからも将来の子供達が教科書で習う歴史を間違いなく生きると思う。
楽しい教科書のページが増えますように。

追記:
今日のブログトップにあげた写真。
学生達と行ったカフェの横にあるお店で買ったもの。もうすぐこの商品は手に入らないと聞いて安くなっていたのでそこに居合わせた数人の学生達にもプレゼントした。小さいけれど超優れもの。頭痛が始まりそうな時や寝る前に耳の後ろやこめかみに塗る。リップクリーム代りにも出来る。塗った時はベタっと硬い感触。でも数秒でサラサラになる。私はこの香りに癒されてる。こんな優れもの。何で手に入らなくなるの。アメリカでは売り続けられるのかな。会社がなくなるみたいな事を店員さんは言っておられたような?大事に使おうっと。私は元気で平和に過ごしています。

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