私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

40回目と自分探しが必要では無い理由

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今日のご報告:無事に出勤して無事に帰宅しています。

私が自分探しをする意味が無い理由のこと。

多分。物凄く多分の話を書く。

私には生まれ持った性格や気質があって。育った環境が影響して形成された思考や行動があって。趣旨や思考が実際の行動になる時の"アレ"っていったい誰が指示を出してる?

そう考えてみると「自身」が自分に全て指示を出してるのよねって思ったの。どの時もどの瞬間も自分の行動や思考への道標を「自身」へお知らせしているようで面白いなぁと。

こんな事が頭に浮かんだ理由はね決して暇だったからじゃないよ。病んでるわけでもないよ。「年内中に大地震が来る」と研究者達が言っているニュースを観てしまったからなのです。

10年前の東日本大震災で経験した事が自分の中で風化しているように感じた。2011年3月11日東日本大震災が起きた当日。東北地方を始め都内あちこちの映像をTV番組やネット報道以外では初めて観ました。そして私の「あの日」を思い出してみたらこんな景色の中だったと蘇ってきた事が沢山あった。

私は東京へ来て3ヶ月めだった。「社内に残る方が良い」と言われたけれど「帰ります」の選択肢しか私は浮かばなかった。チワワくんが独りでお留守番していたから。でもお家へ向かう道がわからなくて涙がポロポロ出て泣きながら何時間も歩いていた私は迷子の子供状態で。道には多くの人と渋滞の車だらけで。今の私は独り暮らし。犬くんも居ない。でも再びあんな状況になったら今度は何が出来るのか?何を優先するのか?一気に気持ちが引き締まった。


現在の家の中で大地震が起きた時の事を想定した。昼間なら?夜なら?職場に居るという想定も。電車の中なら?徒歩中なら?どこへ避難するか?交通網全てが止まった時の想定もした。早速予備のお水や食料を準備した。多分10年前の私より都内の土地勘は出来たはず。それでもまだ電車に頼りっきりな部分がある。見ず知らずの場所での徒歩はGoogleMapさんに頼りっきり。


大地震のあと停電で真っ暗だと景色が変わる。阪神大震災の時のようになった時でも歩いて避難出来るような意識を持っておこう。お家の中でも探さないくても良い場所に必要な物は全てまとめておこう。そうなのよね。意識と決意だけは立派なの私っていつも。


今日1番強く感じた事は大地震が来た時には「自分探し」をしている場合では無いという事。「どうする?」「何を優先する?」「自分はこう在ろう」「次はこうすべき」を瞬間的に判断して行動するところまで全部自分自身の判断。この判断で運命が分かれると言っても過言では無い。多分ね。そうなの。


つまり"自分探し"は必要じゃ無いって事。日常生活では時間に猶予があるからじっくり考えようとしたり掘り下げて深く追求したりしてしまいがち。勿論それが必要な場合や内容もある。ただね最近不安材料が出来て改めて強く思ったんだよね。


危機管理能力は大切だけれど私がしてきた経験の中で結果的に良き学びになった事で言うと「直感」と「感覚」で動いた"一歩め"の部分が共通してるなーって。それは"自分自身を信じてあげる"という事だったの。多分ね。そうなの。


AコースなのかBコースなのか。Cコースがあるならそれは頭の中の予備としてストックしておこう。とかね。

excuse

今日は犬くんの40回目の月命日。今日も"ねんね"していますか?ママは眠いです。ママのジャイアンお歌を聴きたい?うんうんわかった。聴かせてあげるから待ってて。

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