私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

虐待という言葉はなくなるべき。

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通報が機能していない現実が日本にはある

news.yahoo.co.jp

人の子供に命の危険があるとわかった場合。緊急時は他人でも連れだして守る法がなぜないの?本当に悔しい。悲惨な状況に3歳の子供を「見守り」という言葉で放置した公的機関。職権のあるはずの公的に関わった人達全員が同罪。殺されそうになっている3歳の子供を見殺しにしたのと同じ。大阪府摂津市側の回答の中には「母親と連絡がついている事。日々の保育所の登園の時に確認できていたのでそういった中での見守りです。適切に対応していたと認識している。緊急性が高くないと摂津市が判断した。2度とこのような事件を発生させないようにしたい。」と発表された。


童相談所の対応で(189)という電話番号があります。これは児童相談所につながります。問題は24時間対応出来るわけではなく名のとおり相談所です。週明けまで対応してもらえないという場合もあります。もしも身近で少しでも「これは?」と思った時はすぐ警察に連絡してほしいのです。児相に出来ない事を警察なら出来る事があるからです。大袈裟?と思うかもしれませんが迷ったら警察へ連絡をお願いします。そこで間違いのない判断をお願いする事。近所だから言いにくいと躊躇する場合は通報者の身元を明かさない手段を取ってくれます。そこまでならハードルは低いのではないかと思います。「虐待」や「躾」だと考えてしまうと目をつむってしまう人もいるかもしれませんが目に余る様子を知った時は「殺人未遂」や「殺人」になるかもと想像力を働かせてみてください。通報して結果的に何も無ければそれで良いのです。


「虐待」という葉がある間は無力の幼い命を家の中から救えない。絶対に。暴力=殺人未遂もしくは殺人に繋がるという意識を社会全体が持つべきです。私はもうずっと長くそう感じてる。私自身が助けて欲しかった昭和時代では「虐待」が「躾」と呼ばれていました。私のように養父から受けた暴力は今この時代でも無くなっていません。何十年もの時が過ぎても変わらないのはなぜか?それは仮に児相で一時保護となっても血の繋がりを優先し家制度が続く国だからじゃないの?法律や制度が変わらないならこれから子供が大人になって社会に出る前に「暴力」についての意識を変えていく事が大事じゃないのかな。


TVで育ての専門家という人の言葉を聞いて絶句した。「若い母親は経験が浅く子育てに悩む場合がある。」「母親がDV被害者の場合は母親は言わない事もある。」子育て=母親という大前提発想の人が子育て専門家と名乗っている事に違和感を持ってほしい。この事件で3歳の子を酷い亡くなりかたをさせたのは他人の犯人。でも社会全体の意識の低さも大きい。正直なところ母親が何歳だろうが関係ない。母親は同棲中だった男性から逃げるという発想が支配があったり難しかったのかもしれない。母親がどんな人なのかはわからない。持病があるかもしれない。暴力的でも犯人に依存して離れられなかったのかもしれない。子供が暴力を受けている事を認めるのが怖かったかもしれない。でもこんなのは全部想像。どうしたってもう3歳の子の命は戻ってこない。怖い。痛い。熱い。寂しい。悔しい。3歳という年齢で言える言葉を全部使って一生懸命に表現していた事だけは確か。わからなくて辛かったね。いっぱいいっぱい頑張ったね。お母さんに甘えたり助けて欲しかったね。お家に来た人と一緒にお外に行きたかったね。一生懸命口にしてよく言えたね。偉かったね。どうか安全で安らかで穏やかに天国でゆっくり眠れますように。

POINT

虐待では無く殺人罪での裁定が下される事を願います

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