私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

ポジティブ思考な想いが歪んだ方向へ進む可能性

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貫く信念が頑固と意地に歪んで。

と同級生(幼稚園だけ)のお母様は皇族出身のお方でした。わずか3年間だけのお付き合いでしたが私服SPが常に付いておいででした。行事などのSPは別としてそれ以外の警護は嫁ぎ先のお家方が賄っておられました。皇室から一般人として生活をする事がどれ程大変な事なのかを目の当たりにした3年間でした。それを見ておられた周囲の方々は誰1人として悪く言う人はいらっしゃいませんでした。そのお母様は自分に厳しく周囲の方々にはとても思いやりのあるお優しい方でした。卒園後すぐ私も娘も日本を離れてしまい成長過程は全くわかりませんがよく一緒にお迎えに来られていたお兄ちゃまではなく娘の同級生だった弟くんがお家を継がれていると娘の同級生を通じて知りました。


を私が言いたいかを想像されるかもしれませんが結婚は2人だけの問題では無いという事を私のような一般庶民ですら痛い程感じました。比較対象にならない程ケタ違いではありますが私は周囲の多くの人達から反対された結婚でした。それでも私が愛した人とその家族にも愛を持って接したい。必ず自分の理想の家庭を作り上げる。そしてそれは必ず出来る事だと信じていました。生まれ育った環境の中で身についた習慣。
眞子様がどれ程愛する人とその家族を正当化してもこれ迄当たり前としてきた考え方や習慣を30歳でがらりと変えるという事が限りなく非現実的だとどうか気づいてほしいと願っています。どれ程の強い信念と覚悟を持っていたとしても周囲の人が苦しむ事を無視した先に「自分にも幸せになる権利がある。」と考えるのは歪んだ愛情へのプロセスになり得ます。やがて子供が産まれた時。子供が生きていく過程で自分の選んだ道が故に一生苦しむ可能性を今はまだ想像が出来ないかもしれません。


れこそが自分が幸せになる為に必要で貫く信念だと思っていた事が頑なに変わり。いつしかただの意地になっていた事。誰かを悲しませたまま自分が幸せになる事は不可能だったと後々知る事があるかもしれません。どんな事も経験して理解する事は生きていく中で大切な時間なのかもしれません。ただ私がわかる事は「人」はそう簡単に身についた思考や行動は変化しないという事です。自分が愛した人を産み育ててくれた両親を大切にしたいと強く純粋に望んでも親御さんが変わる事はまず見込めないという事。その事を今の私には理解出来ます。純粋な気持ちを裏切られた時に自分が傷つくだけでは済まないという事も。私は結婚してすぐ渡米する事になり相手方の親戚達にご挨拶にまわりました。その中のお1人と2人だけでお話をした時の事を今でもはっきり覚えています。私が1日も早く義理両親と妹さんに馴染み本当の家族になって幸せになりたいです。」と口にしました。その方は口をぐっと一文字にされたあと「そう簡単にはいかないという事が結婚生活にはあるのよ」と仰いました。渡米後の2人だけの生活で少しずつその意味を理解しはじめた頃を今なら理解出来ます。


由の無い人生。自分の意思で好きな事が出来ない人生。何もかもがこれまでに味わった事の無い新しい事で自分も挑戦してみたいという純粋なお気持ち。私には想像でしかわからない皇室ですが限られた枠社会で育ったお方が愛する人と同じ屋根の下で生活を共にしたい。愛する人と同じ景色を人生を通じて観たい。愛する人の為に美味しい食事を作りたい。愛する人の子供を産み育てたい。愛する人の力になりたい。愛する人とその家族を支えたい。愛する人を育ててくれた親を守りたい。その為なら後戻り出来なくなっても構わない。今はただただ耐え忍ぶ気持ちの強さと勢いで信念を貫いてみせる。そんな気持ちでおられるのかもしれません。なぜ皆反対するの?なぜ私が自由に人を愛する事は許してはもらえないの?自分の両親も自由恋愛をして結婚をしたじゃない?大変だろうが苦しかろうが私はただ自分が幸せになりたい。誰かを想い皆の幸せを実現したい。守られた枠で生きてきた人にとってはとても綺麗な心でとても純粋な気持ちなのだと思います。


じ年齢の方々に比べれば不相応な貯金をお持ちです。ご結婚されてもお金に困る事はまずないでしょう。食べたいものを食べれない暮らしは本の中の世界かもしれません。自分の子供に食べさせたいものを食べさせられない暮らしは童話の世界か災害時の話だとご想像されていらっしゃるかもしれません。それはお買い物へ行って倹約する事とは訳が違います。愛情がいつしか歪んだ正義感のようになってしまっていて。私には可哀想に見えてしまいます。「そっちは危ないよ」と言われても崖から落ちてみないとわからない人もいます。崖から落ちてもまだ1人で這い上がれると信じてしまう時がある事も理解が出来ます。


分が好き好んで選んでこの家に生まれた訳では無いと思われたようにお子様が生まれたらその子も又同様かそれ以上に苦しむかもしれません。もしも自分の身に何かあった時の子供の将来の身の上を想像してほしいのです。娘と同級生のお母様が仰っていた言葉を思い出します。「自分の身に何が起きてもその覚悟を持ち生きてきました。ただし警護がなければ私1人では子供達や家族を守る限界がある。これは生涯続きます。親戚との付き合いはどなたでもあるように私共も続きます。宮内庁さんさようならとはいかないのです。」という内容のお言葉。当時その言葉の重みと深さを私には理解出来ませんでした。今の時代でも仮に警備をお断りしても宮内庁がそうですかとはならない事はどの方もご存知だと思います。


周囲の本意が伝わればいいな。誰も彼女の不幸を願ってはいないのだから。悲しむ人がこれ以上増えず皆が幸せになれますように。

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