私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

緊急性

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楽しい内容ではありません。お疲れの方はスルーしてください。


もが想像出来なかったコロナ禍の終わりがいまだ見えてはきません。これまで衣食住に困る事の無い日常だった人達が仕事を失い住宅を失う恐れや食費に困るような事態が起きています。元ホームレス経験のある私が最近になって改めて強く思う事があるので書き出してみます。中でも声を大にして言いたい事。それは既に家を失った人達に対して食事提供や食材を配る呼びかけをなぜSNSでするのですか?という事。ツイッターは誰もが使っているであろうという想像。携帯電話は誰もが持っているであろうという前提。携帯電話を維持する為の支払いが出来る人の優先順位はどこ?仮に今は雨風を凌げる家がありwifiもあってスマホやパソコンには繋げられる環境があるとして。生活に必要なお金を捻出出来ない。もしくは今後出来なくなる可能性の高い人達がツイッターをチェックしてるかどうか?東京で例えるならホームレスになってしまった人達皆が新宿で過ごしているとは限りません。本来なら自治体が支援するべき事をしていないから民間の支援団体が動く。


が疑問に思った事はその支援内容と方法です。体が不自由だとか体調が悪いなどで食べ物の支給をしている場所まで行けない人はどうすれば?ただでさえ心が折れて体力も精神力も限界状態でSNSに書いてある内容を見て「用意出来る食事や物品数が40人分まで」と書いてあった場合。それを多いと思いますか?少ないと思いますか?SNSで食事を配る日と時間や場所を知らせる事も誰かを救える方法の1つだと思います。無いより1人分でもあったらそれは誰かの命を繋げると理解できます。でもね仮にどうにか並べたとして。自分が並んで前の人が食材を手に出来て自分の番になった時に「はい、終わりました」と言われたら?そんな残酷な善意はやめませんか?と私は思うのです。


がホームレスだった頃に「新宿に行けば食料をもらえるから行って」と言われた事がありました。半日以上かけて重い荷物を引きずりながらとにかく歩いて行きました。そこで並んでいたのは全員男性でした。男性が怖くてその集団列に並べませんでした。「制度などの相談にのります」の言葉には何度も何度も心が折れました。民間の支援団体ではホームレスになってしまった人の相談にのる人達がほぼ男性でした。私は男性が怖いという事情を話すと「僕は何もしませんから安心してください」と笑いながら言われました。結局「次回」の相談には繋がりませんでした。女性専用のシェルターもあります。警察署に行って相談した事もありました。警察から女性シェルターへ繋いで頂けないかどうかと思ったからです。でも緊急性が無いと判断され入れる場所を探してはもらえませんでした。どこでも相談して共通していたのは既に住む家が無い(ホームレス状態)事と未成年の子供が一緒にいないという理由でシェルターは断られました。福祉事務所の生活保護窓口にも何度も何度も通いました。他府県の簡易宿泊所を勧められ当時の私は行けませんでした。簡易宿泊所へ行くなら生活保護の申請をしますと言われて話が前へ進まず堂々巡りでした。民間支援団体の人達は簡易宿泊所へ行けるならひとまず行って下さいと。そして私は結果的に長期に渡り外で生活をする事になってしまいました。


えばですが「家や食事など生活相談にのります。」をツイッターで見たとします。
連絡先は03-6265-■▲●▲(火曜日12時~18時・金曜日11時~17時)と書かれている番号があったとします。今生活に困っている人達が電話代を負担してでもかけるかどうか?電話が止まっている人や携帯そのものを持っていない人も多いはずです。あの頃の私はいつも思っていました。この団体が私に手助けを本当にしてくれるだろうか?と。民間支援団体の何もかもを責めるわけではありません。ただ社会生活から何らかの事情で枠から出た人達にとって高い壁や新たな枠を目の前に作られた時どんな気持ちになるのか。私が何度も心折れそうになった中の1つにやっとの思いで電話をかけた時に「ちょっと待って下さい」と言われて「保留音」を聞く数分を保留にした人達はどう思っていたのだろうか。出来れば思い出したくない自分の事情を全て話しても一般的な知識を返され頑張ってと言われ終わる。それがわかっていても何度も何度も期待しては電話をかけ足を運んでは心が折れた。いくつかの団体の人に「今すぐ対応出来る者がいないのでもう一度かけてきてください」と言われた事が何度もありました。そういう民間の支援団体は「今すぐ助けが必要」という人の心を悪意なくあっけなく折っている事を気づいていないかもしれません。


と公的な相談機関と窓口について書かせて下さい。私の事をまだ何も話していない状態の時に数枚の用紙を出され「漢字やひらがなは読める?」と聞かれる事が何度もありました。たらいまわしにあちこちの区まで徒歩でほぼ1日がかりで出向き行っていました。自分の事情を説明する為の面談室のような場所で話をされる時に渡される紙には全ての文章に「ふりがな」が振ってありました。これは「親切」なのかもしれません。でもね「文字は読めるの?」という悪意の無い言葉で公然で真っ裸にされるような惨めな気持ちになりました。もし私が本当に文字が書けない読めない立場だったら?「聞いてくれてありがとう」と思っただろうか?文字の読み書きを学習出来なかった事情のある方々がいる事を私も勿論知っています。でもせめてその人達に「文字は読めるの?」といきなり言葉をかける事はどうかやめてください。まず「人」に寄り添う気持ちこそが1番最初の窓口になる日本になりますように。


今日は長文となってしまいました。読んで頂いた方々のお気持ちも目も疲れさせてしまったかもしれません。ごめんなさい。今の私は不自由なく生活が出来ている事を日々心から感謝しています。最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。

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