私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

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楽しみがある人と無い人の社会の視え方の違い


この写真を見て何に見えますか?醤油とお砂糖?バルサミコ酢と塩?


は継続しての趣味とか楽しみというものに出逢えないと思っていたけれどそれは違っていました。どうやら自分から楽しみや趣味を遠ざけていたようです。自己肯定感が低い環境に長く居すぎて楽しんではいけないような感覚が身に染み込んでいたかもしれません。それは誰のせいでもありません。社会から私が見えた時に幸せそうな身振りでいなくちゃいけないと疑わなかった年月。私1人で子供を育てる事になり子供には多くの荷を背負わせたと思い知った時。私は決して幸せになってはいけないと思い込んでいた年月。母親なのにとか社会から逸脱した分の責任を取るべきだとか。思えば長く自分を責める事が正しいと疑わずにいました。例えば塩を出されても砂糖だと思い込むと私はずっと出された塩を砂糖だと思い込む。醤油ですと言われたらそれがウスターソースやバルサミコ酢かもしれないとはすぐに思わないところがある。そんなこれまでの私に変化が出だしたのはささやかな楽しみが出来た頃から。自分の役割が自分の為にあっても良いと考える事が増えてから凄く楽で楽しい。



は「9」の苦しみがあっても「1」楽しい事があると先に向かって歩ける気がするのです。苦しい時は自分が「9」の苦しみ渦の中に自分一人で立っているような感覚があったように思います。でももし自分が「10」楽しい事ばかりしていたら他人の痛みに気づかない人生になっていたかもしれません。だから私の「9」苦しい時間は決して無駄ではありませんでした。苦しい時はそれが全てになり「10」だと思ってしまいます。今日は「9」苦しいとしても「1」の楽しいを発見出来るだけで辛い「9」を忘れてしまう。辛い事や悲しい事があったとしても「1」楽しい事に自分が飛び込むだけで明日は楽しいが「2」になっている自分を想像したくなる。明日「幸せ」な想像は無料で無限です。明日「辛い」の想像は「楽しい」がゼロになるから時間の無駄遣い。お金は貯金できても時間は貯金が出来ない。だから貴重なのです。


POINT

自分が変わろうとすると社会の見え方が少しずつ変わる。そんな自分を誇らしく思い褒めてあげたい。

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