私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

ホームレスの人や生活保護受給中の人に私の声が届いてほしい

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心ない非人間的な人が数日間で簡単に思想や価値観が変わる事は無い。人は真剣な心と考えを話す時には斜め上を見て話す人はいません。心から自分を律したい人ならお金を頂いて話をしません。



「自分にとって必要がない命は僕にとっては軽い。ホームレスの命はどうでもいい」「ホームレスっていない方がよくない?邪魔だしさ臭いしさ」「犯罪者が社会の中にいるとみんなに害があるでしょ?だから殺すんですよ。同じですよ」「僕は生活保護の人たちになんだろうお金を払うために税金を納めてるんじゃないからね。生活保護の人に食わせる金があるんだったら猫を救ってほしいと僕は思うんで。生活保護の人が生きてても僕は別に得しないけどさ猫は生きてれば得なんで」「自分にとって必要のない命は僕にとって軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい。



この言動を聞いたり知った人達が悲しんだり自分自身が生きる意味を考える必要はないのです。子供達が自分の親が生活保護を受給している事を恥じる必要はありません。助ける事が出来る人が辛い人を助けるという素晴らしい考え方の出来る親が子供に身を持って伝えてくれたと考えて良いのです。人の痛みのわかる人になればそれで十分パーフェクトです。

ホームレス経験者で元生活保護受給者だった私はこの発言をした人よりも数百倍幸せだという自信がある。現実的な話をすると今現在家がなく働く場所が無い人に今すぐ私のこの文章を読んでもらう事は難しいと思う。でもいつか安全な居場所が出来てネットに繋がる日が来た時には私のこの文章が誰かに届いてほしい。心ない言動を発信したり又その人を応援するような人達より自分は数百億倍幸せだと実感してもらいたいと思うので書き残す事にしました。残酷で非人間的な言葉に傷つき悲しくなったり自分は生きる価値も無いのだろうか。そう思った人がいたならどうか聞いてください。心が傷ついた側の人がどれ程命について考え悲しんだとしても人を傷つける側の人達は人の痛みを感じる事はありません。そういう生き物なのです。だから生活保護受給中でもホームレス中であっても生きる意味を考える必要はないのです。自分の命を違う何かと天秤にかける必要はありません。これは絶対です。


自身も外で寝泊まりをしたり仕事が無くて行き詰った事がありました。ホームレスとして生きていた時間に最も私が気にしていた事は自分からの「体臭」でした。邪魔で臭いという言葉を何度も何度もかけられました。行き場所が無くてこの世から消えてしまいたいと本気で毎日泣いていました。法律があるとは言え生活保護制度は簡単に受給出来るものではありません。制度を利用している人もそうでない人も同様にどれ程1日を不安で長く感じているのかを私は理解出来ます。心ない非人間的な発言をする人は自分に自信が無いのです。蓋を開けばコンプレックスだらけなのです。しょーもないプライドの高さと塊に本人も苦しくなる時があるかもしれません。私から見れば孤独で裸の王様にしか見えません。そういう人達に対して腹がたつ事よりも可哀想で寂しい人だとしか思い浮かびません。だから「親の顔が見たい」の意味に気づかない人もいるのです。


が受けていた生活保護制度はみんなの大事な税金だと何百回と言われました。最も言われた回数の多かった場所は生活保護制度を行う窓口職員やケースワーカーと名のつく人達でした。自分を惨めな気持ちにさせ全てに焦りを感じ社会でひとりぼっちでいるようなそんな感覚でした。ホームレスになってしまった時にベンチに座っただけで蹴られた事もありました。アダルトビデオに誘われて逃げ出した事。シャワーをさせてあげるから一晩だけ付き合えと言われ逃げた事。いくら?と声をかけられて逃げた事。世の中には非人間的な人達が実在します。外で安心して眠れた事は1日もありません。YouTubeで暴言を発信していた人は未経験なのだから理解出来ないし想像力に欠けた人なので難しかったのでしょう。誰よりも自分が1番自分の体を臭いとわかっているのに見ず知らずの人から「邪魔。臭い。」そう言われる事でどんな気持ちになるのか。ホームレスの近くを通った人だけが臭いのではありません。ホームレス自身が1番自分が臭いのです。いつか安全な居場所が出来て安全な屋根と壊されないドアのある生活になった時には自分を蹴ったり臭いと言った人達よりも数百倍幸せになれるのでどうか生きる意味を探したり考えるのはやめてください。生きているだけで凄い事だから。


間の仕組みは時に複雑です。だったら自分だけでもシンプルに生きたいと思うのです。私にとってホームレスの経験や生活保護受給者の経験は決して綺麗事ではありません。でもそれは私の強みだと信じています。嫌味に捉えてほしくないですが言葉の暴力を発する思想や人格は簡単に変わるものではありません。だから身を守る為にそういう人達とは離れてしまえば良いのです。YouTubeで非人間的な思想を発言する事は勝手です。ただ私が思うのは世の中には非人間的な人にお金を払い助ける人が間違いなく居続けるという事がとても悲しいです。私が海外で暮らしていた時にお金をもらうホームレスがいっぱいいました。YouTubeで暴言の独り言を発信してお金をもらう人と何が違うのか。それは他人を傷つけているかそうでは無いかだけです。人を傷つけてお金を頂く職業は凄いですか?格好よく見えますか?真似したいですか?暴言発信している人が不本意ながらでも謝れば傷ついた人達は幸せになりますか?例えば人を殴って謝る。DV行為や思想の持ち主とよく似ています。残念ながら暴力的思想の人を応援している人達はもっと孤独なのでしょう。何かにつかまって居ないと自分の足で立てない。本来ならその事に気づく事が理想ですが難しいと思います。だから気の毒でしか無いのです。


POINT

自分を違う何かや他人達と天秤にかけたり価値を見出そうとする必要は絶対にありません。どうでもいい人の為に自分の貴重な時間を渡したりしないで。生活保護受給中で子供を育てている人。働けない事情がある人。しょーもない人達の言葉にどうか振り回されたりしませんようにと願っています。ホームレス状態から自分の居場所に移動が出来た時。安全な環境で朝起きたら夜に寝る。それだけで十分幸せだと感じる事が必ずおきると信じてみてください。一人で子供を守る事が難しいと感じた時自分が立派な母親や父親ではないと責めないでください。辛い事や悲しい事が毎日あってもとにかく1日だけ生きる。それを365日繰り返してとにかく生きていてほしい。心ない暴言に振り回される事なく。ただ生きていてほしい。私もまだまだ生きます。

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