私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

言葉も態度も尖らないで生きる

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みんなが不安でみんながイライラでみんなが尖ってる状態

ロナ禍でもお仕事へ行かなくてはいけない人もいます。お仕事はなくても外出に気を使う人もいます。不要不急外出を控えるようにという意識から罪悪感を持って出かける人もいるかもしれません。何かしら心の中に不安やイライラがあったり小さなストレスが重なって自分の事だけでいっぱいいっぱいになっている人も少なくないと思います。今の日本国内は例えるなら重箱みたい。そして国民同士が重箱の端を突き合う。私はそんな風に感じています。私もね思うのです。常識的にもプレーブック的にも会長と名の付く人がSPを伴ってまで散歩をする事は非常識パフォーマンスに見えます。不要不急は個人の判断とか訳のわからない事を公人が真顔で言っていました。もうあんな事やそんな事はどうでも良くなってきています。最近私は家にいる事が多い為に家の中からセミさんの声を消す程の救急車の音を1日に何度も何度も耳にしています。家が病院の隣な訳ではありません。勿論搬送の理由はわかりません。ただ知り合いで看護師をしている人が自分の都内勤務先の病院で急患の受け入れは無理だと断る声が聞こえてくる度に自宅へ帰る事ですら罪悪感を持つようになってきていると言っていました。


医師達が科を越えて働いている病院が多くあるという事が現実に起きています。個人クリニックの先生が倒れて休診になっている事もつい先日知りました。TVを見ると繰り返し繰り返しどんよりするような同じニュースが報道されています。ネットでも観たり聴く人なら大小はあっても不安にもなりイライラも生まれてどんよりする人が居てもおかしくないかもしれません。言葉は悪いですが使えない政治家の事を考える余裕などなく働いている人達がいっぱいいる事をもっと注目したほうが良いのでは無いか。私はそう思います。医療従事者は医師だけではありませんし院内で清掃をする人が在ってこそ清潔が成り立っているはずです。私が働いていたスーパーでは変わらず日々食品を届ける人達が居ます。元同僚から現状を聞くと以前よりもレジで殺気だっている人やマナーの悪い人達が多くなっていると嘆いていました。勿論自分達の生活の為に働いているのですが報道されない職業の人達も必死で頑張っているという事を知ってもらいたいのです。どの職業でも表には出さないだけで内で不安やイライラを持ち歩いているという事があると思うのです。デパートでクラスターがと報道されるとたちまちデパートを責め叩く。TV局や番組で感染者が出たら予防が間違ってると叩かれる。誰かや何かを叩いても安心は得られません。


個人で言えば無力です。誰かを助ける事など出来ません。だからせめて自分が倒れて誰かに迷惑がかからないようにとかその程度の事しか思いつきません。鬼の首を取るかのような私見は不安になっている自分を慰める一時的な材料にはなるかもしれませんが解決には結びつかないと思っています。敢えて社会で起きている事に触れず無関心かのように違う会話をする人もいます。その人達もまた心の内にはイライラや不安があるのかもしれません。「しんどい」と言っている人に対して「頑張れ。頑張って。」と言葉をかける事が相手によっては凶器になる事もあり得ます。自分の定規で当たり前を相手に対して測る事は危険だと私は思っています。あってはいけませんがイライラも不安な気持ちも出せない環境が結果的に自他を傷つける悲しい事に結びつく事もあると思うのです。自分が出来る事は誰にでも出来るとは限らないと自戒も込めて書き残す事にしました。


POINT

自分自身を大切にするという事の中には今目の前にいる人にほんの少し寄り添える気持ちがあるだけで小さい波の流れが変わる事もあると私は信じています。自分で気づいていないイライラや不安がある時は「ししとう」です。ふざけているわけではありません。辛くない「シシトウガラシ」を毎日食しています。多分今日も食します。

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