私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

同じ事が起きない為の変化

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殺されそうになった経験で理解できる事

京の電車内で10人もの人達が1人の男性によって傷を負わされた事件が起きてしまいました。事件発生時には多くの乗客が恐怖でパニックだったと。命が助かったとはいえ体に傷を負ってしまった女性。それ以外の方々も大小関係なく傷を負い心身にダメージが残ったと思います。私がまだ東京へ来たばかりだった頃に事件のあった路線で降りる駅に電車が止まってくれず通過してしまい「ぁーーー」となった事がある。当時あの止まらない区間だけは結構長く感じた。東京には沢山の電車が重なるように走っています。来た頃はメトロと都営地下鉄の違いもわかりませんでした。JRにも名前がそれぞれあって。それ以外にも今回の事件のあった私鉄などがあって。地下を走っていたはずの車両が地上へ出たりするラインもあります。


には何度も命の危険を感じた経験があります。だから何?ですが。恐怖というのは人それぞれでしょうし殺されるのかも。私死ぬのかも。その恐怖心を第三者に伝えようとしても言葉なら「怖かった」としか伝えられません。病気で命に危機を感じる事と殺されそうになって危機を感じる感覚はかなり違っていて。殺されそうになった時の恐怖心というのは誰にもしてほしくない感覚です。今回の事件の犯人は6年も前から何らかがトリガーになって無差別殺人を考える人になっていたのだと思います。幸せそうな女性を見たら・・・という報道がありましたがそれは犯人の後付け言い訳だと思いました。


道にあった万引きを通報されたスーパーの女性店員に腹をたてたというのもきっと今回が初めてでは無かったように私は想像しています。カッとなって犯罪を起こす人もいれば内側にある怒りが積み重なって犯罪を起こすタイプがいるのだと思います。私の場合は無差別な殺人犯ではなく元夫だった人に殺されるかも。そう感じた瞬間が数えきれない程ありました。殺人犯と24時間体制で何年間も生活をしていたようなものです。今はこうして文章にも出来るようになりましたし思い出す事も怖くなくなりました。それでも何かの瞬間に怖い!体がそういう拒否反応を起こす事は今でも残っています。悔しいけどこれが消えてなくなるのか続くのかは私自身わかりません。


思えば忘れようとしていた時期の方が苦しかったように思います。無理をして忘れようとせず時間が過ぎ他のことに意識を向けていく年月の積み重ねの中でやっとの今があります。事件ニュースなどで包丁と聞いただけでその場に座り込んでしまった時期もありました。走る車から落とされそうになった経験もあるのでタクシーに乗って完全に止まっていないのにドアが開きだしただけで過呼吸を起こしてしまったこともありました。電車に乗って過呼吸を起こす時は決まって走る車から落とされそうになったあの瞬間が頭に浮かびます。


念ながら体の傷が完治しても恐怖心は何年たっても完治しないかもしれません。ただ今回犠牲者となってしまった方々には周囲の方が出来るだけサポートしながら一緒に未来へ向かって下さる事を心から願っています。被害者家族のフォロー体制は諸外国に比べるとまだまだ遅れていると思いますがご本人達に出来る限り寄り添って頂けるようなフォローがありますように。

体の傷が回復しても心の傷は外から見えません。電車内の在り方も含め同じ事が起きない為の変化がありますように。

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