私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

コロナ禍で家や仕事を失うということ

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日本の賃貸住宅の保証人について


コロナ禍で仕事ってしまった人やを失った人達のニュースをTVで見ました。想像を遥かに超えていてその物凄い数に衝撃を受けました。私自身の経験から家を失うと日常生活でどのような事が起きるか、どんな気持ちになるのか、どんな精神状態になるのかの理解は出来るだけに心が苦しくなりました。まず日本では定職が無ければ家を借りられない。家が無ければ就職が出来ない。私はこれを当たり前とする感覚が日本から消えて無くなってほしいとずっと考えてる。両親や親戚の無い私の場合を含め、住む場所を賃貸する際の保証人探しの壁にぶち当たるという至難壁続きを経験はしなくて良い経験です。娘が幼かった頃はシングルペアレンツだというだけで賃貸契約を断られた事も何度もありました。その後も私は血縁関係が娘しかいない為に簡単に家を借りられませんでした。(過去には娘が成人していて定職があっても断られる物件もありました。)余談ですが海外で暮らしていた時期は人種差別はありましたがシングルペアレンツだからどうのこうのという思いは1つも経験しませんでした。アパートも日本で言うところの保証金を支払い、残高証明を見せ、就業先を書くだけで入居出来ました。



が今暮らしている家は保証会社を利用すれば入居出来る賃貸です。私が無職になってホームレスになり途方に暮れていた事を知った友人が今の家を借りる為に100%力を貸してくれました。そのおかげで私の大事な家族の犬くんを再び引き取り彼の最期を看取る事も出来ました。私の人生の再生の為に色々な方々に助けて頂きました。私は一生この事を感謝し続けて生きていくことでしょう。
今の家は毎月保証会社に一定の保証代金が家賃と一緒に引き落とされます。保証会社には1年毎に更新料(家賃1ヶ月分)を支払っています。(保証人に親族がいる人はこの支払いが発生しません。)
これ以外にマンションオーナーには2年毎に更新料金(家賃1ヶ月分)が発生します。家が無い状況を考えれば安いと考えるか無駄な支払いだと考えるのか?私にとっては「必要」「現実」の支払いとなっています。




高齢者が家(賃貸住宅)を借りられない日本

前「障害者」だという理由で家を借りられないという経験をしました。あの時の悔しい思いをプラス思考に変える事は容易ではありません。転居したいと思ってもあの時の悔しい気持ちが蘇ってくるので今はまだ転居を考えないようにしています。
今から考えておくと良いであろう事は私が将来「高齢者」になった時のことです。それは簡単に賃貸契約が出来ないという現実が待ち受けている事です。理由の1つとして独居老人が家の中で孤独死していた場合に事故物件扱いとなるからだそうです。投資物件の場合は資産価値が落ちる為オーナーは貸し渋りします。私の場合で言うと社会的な高齢者になる迄に持ち家を購入出来るだけの預貯金が出来るとは考えにくいです。昨年から続くコロナ禍の状況が酷くなる事を誰もが想像出来なかったわけですが、私の場合収入が増えるという事は無いものの失業しなかっただけでもマシです。今はただただ日々の現状維持を護るのみです。



「今日」のだけ精一杯考えて生きるという事は私のメンタルを安定させてくれています。一般的な人のように計画的に「将来」を考えると漠然とした不安が襲ってきます。見えない時間を必要以上に考えて1人で不安になる事はやめると決めました。誰からみてもその日暮らしに見えると理解しています。現実逃避していると考えるかメンタルを安定させる手段だと考えるかは私次第です。精神的な安定があればお仕事もしっかり出来ます。仕事が出来れば収入も安定してきます。心身の健康さえ維持出来れば未来に目標を持てます。私の場合ですが心の中がブレている時は体調も悪くなるので体調は心のバロメーターみたいなものです。周囲に流されてしまう事は良い未来をイメージ出来ませんが身を流れに委ねる事は良くなっている自分の未来をイメージ出来ます。


宅ワークが増えて都心を離れて家賃出費を抑えるという人が増えてきている事や、賃貸ではなくマンスリーホテルで毎月の支出を減らしている人も増えてきています。それは単身ならではの行動が多いです。私と同世代の人で家庭のある知人達は子供が高校生、大学生という人も少なくありません。転居どころか配偶者と離婚したくても出来ず耐えている人の話を聞くと切なくなってしまいます。私の知り合いで子供の為に転居や離婚が出来ないと悩んでいる人がいます。他人にはわからない夫婦間で我慢の限界が来ていたとしてもそのまま生活が続けられるのであれば、転居も離婚も勧める事は出来ませんでした。1人で子供を育てる事の大変さは出来る事なら経験してほしくは無いからです。「夫という人が居ても独りで子育てしてるようなものだ」と知人は泣いていました。悔しいですが日本では「戸籍」が人生を左右してしまう現実がいくつもあります。私は誰のせいにも出来ない状況で単身子育てをしてきた1人としてどんなアドバイスも役立たない事を知っています。彼女のように心のどこかで実家を当てにしていたり、誰かに離婚して独りで子育てしたら良いよと背中を押されたい精神状態のうちはその後に経験する現実に打ちのめされるかもしれないので無責任な言葉は言えませんでした。


れだけ家庭の中で自分独りが大変な思いをしているのかを他人に言える間はまだ心の余裕があると理解しています。その状態で離婚しても経済的な事、教育に関しても家事も何もかも自分が1人で背負える覚悟があるかどうかだと思うのです。私のように家を借りられない状況になったらどうするのか。将来何らかの理由で自分が健康を崩して失業したら子供はどうなるのか?その時子供は何歳なのか?全てを想像だけでしか考える事は出来ません。仮に離婚後に無事に子育てが終わったとします。その後自分の老後は安泰である想像が出来ますか?
どれもタラレバでしかありません。20代で老後を計画している人もいるでしょうが私は無知過ぎて何ら出来ていませんでした。というより考える余裕が無かったのかもしれません。ただ言い訳がましく言うとしたならば、私の場合DVという地獄絵図のような場所から子供を連れて逃げ出した事を1ミリも後悔はしていません。あの時の私に今会えるなら「良く頑張ったね私。」と褒めてあげたい。「ほらね?ここまでのプロセスは無茶苦茶だったけど今は幸せでしょ。この先何があってもきっと大丈夫。」そう自分に言ってあげたい。



つもどおり話が逸れました。

大事な私物は実家やそれに筆頭する場所で保管出来る人なら転居やホテル暮らしも有りです。住民票も実家に移動させて公的な郵便物などは実家へ届くので安心です。残念ながら私はそういう手段が取れません。今後どのような生活環境になるのかは未知ですが私以外親戚の無い娘が将来私のような思いをする事だけは何とかして避けてあげたいものです。
日本では「家制度」が今でも続いています。「個」だけでは生きづらい国だと今更ながら強く感じています。さあこれから私どうする?
こんな事を考える理由の1つに今現在コロナ禍に居るという影響は大きいです。昨年に引き続き不安や恐怖の中にあっても自分の足をしっかり地面に付けていないと吹き飛ばされそうな気持ちになります。周囲で竜巻が起きていても心穏やかに。自分の足だけは地面に付けて一歩ずつ前へ進む事を忘れず日々を過ごしましょっと。そう自分に言い続けています。社会全体に思う事は家に帰った時に会話をしてどうでも良い事を笑い合える事や自分に同調してくれる存在がいたり黙って話を聞いてくれる人がいる日々を大切にしてほしいと願っています。仮に自分の意見や考えに否定的であってもその「会話」は必要です。大事な事は俯瞰する先の自己肯定感だと思います。誰かに否定的な言葉を言われたとしても心折れずに自分はどこへ進みたいのかどう考えているのかを改めて確信する力だと思うのです。肯定も否定もされないと何もかもが自分の決断と行動となります。それが良い事もあれば頭を打つ事も増えます。



活が出来る安全な家がある事。
食べるものがある事。
これだけで本来は100点です。
今困難の中にある人は目に入るもの耳に入ってくる言葉全てに絶望や怒りでいっぱいになっているかもしれません。それでも生きていてほしいのです。私自身が今もそうですがどんなに心が弱くなっても生き抜いてまだ観ていない景色を観てやろうじゃないかと考えています。
自分の事を否定する人も、肯定してくれる人も、同調してくれる存在がある事も、全て自分の人生時間の登場人物だと考えると面白いです。登場人物が多いと自身を見つめ直しやすいと考えるか心が乱れるだけで辛いと感じるかはナイモノネダリの世界だと感じています。
私の人生に終わりが来るまでは、
まだまだ登場人物が増えると思います。

私はそれがとても楽しみです。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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