私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

はじめてのおつかい

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はじめてのおつかい


画していた番組の中から
「はじめてのおつかい」
を観ました。子供は沢山の感動を人に与えてくれます。3歳〜5歳の子達は皆全員が「お母さん」大好きな子達ばかりでした。こうみえて私も「おかあさん」の端くれなので笑いあり涙いっぱいありで観させて頂きました。放送から9年〜25年後の子までの当時と現在が放送されました。
私自身の「はじめてのおつかい」は3歳前。歩道と車道にあるコンクリートの段差で転んで顔面血だらけで帰宅したそうです。母親が病院へ連れて行きましたが今でも私の後頭部には小さなハゲがあります。幸い私の毛量が多く言わなければ見えません。だからその時に縫って剥げた箇所は掻き分けなければわかりません。気になる事はいったい何を買いにおつかいに行ったのかという事です。今もわかりません。中学生くらいになって美容院でハゲている箇所がある事を知って母親に「おつかい事件」の経緯を聞きました。当時の私はひとりっこでした。母親が3歳前の幼児を外に1人で歩かせた事は今でも衝撃です。


思えば私は自分の娘に「おつかい」を頼んだ事がありませんでした。
大事にし過ぎて道で2人で転んでしまう程、ずっと過保護だったように思います。娘が1人で外出する事になったのは小学校へ行く時からだったと思います。入学して始めの頃はこっそり後ろを着いて行きました。今思うと本当に過保護な親です。日本の小学校では入学して1学期間も通っていないので海外へ転居してからは堂々と送り迎えをしていた記憶が今もはっきりとあります😂
私の今の職場(スーパー)では子供さんと親御さんがバラバラに歩いている、迷子になってる等を毎日見かけます。私には考えられない行動です。「可愛い子には旅をさせよ」という言葉は何歳からを現す言葉なのか正直わかりませんが、私の場合で言うと娘が18歳からだったように思います。娘が大学生になったと同時に私は手を離したように思います。それまでは「ママの愛情は重すぎて抱えきれない」と言われた事が何度かありました。後に彼女が大人になって私に言った事があります。
「ママからの全力の愛情のおかげで私は自分の足で歩く事が今出来てる」と。
だから結果オーライという事で自己完結。



と子は適度な距離があるほうが健康的な関係でいられる場合が多いと今ならわかります。何をする時も私と娘の2人で歩いてきた事の影響もあったとは思うのですが、適度な距離感というものがどういうものなのかが掴めない場合が多々ありました。多分これからもそういう状況が出てくるかもしれません。意識的な距離を保つ事は大事ですね。娘はもう社会から見て十分大人ですから私を必要とはしません。これは親として有難い事です。「家族」は離れていてもお互いの平穏を祈る事やたまには言葉を交わし合う。それだけでも幸せな事ですね。普段べったり一緒に居なくても心の帰る場所があるという事は生きるうえで支えになります。親が子供に子供が親に。それが友人であっても近所の人であっても良いと思うのです。心の拠り所とは自分の中にあれば良いと思うのです。それこそが自分の1歩を前へ踏み出し歩き続けられる元だと思うから。


供が安心して家から出て自分の足でおつかいをする為には、日常の中に信頼関係が無ければ不安で前へは中々進めません。私は親が大嫌いでしたがそこから離れて1人で生きる事が中々出来ませんでした。
幼稚園や保育園の門まで来てお母さんやお父さんから中々離れられずに泣いてしまう子供さんがいます。自分の家族が絶対に迎えに来るという経験が積まれる事でやがて子供は親の手を離します。子供は無条件にみんなお母さんやお父さんが大好きです。
私のように機能不全家族の中で育った者でも幼い頃はきっと母親が大好きで父親が大好きだったのかもしれません。残念ながら私は子供の頃の記憶が飛び飛びなのですが、私が6歳の時に弟が生まれた時の事は覚えています。私は小学1年生のミニお母さんでした。おむつを替えてミルクを作って。抱っこして好き好きして。あやして。お風呂にも入れていました。お人形さんごっこのようにベビーカーに乗せて歩いていました。今思うと恐ろしい行動です。


「はじめてのおつかい」という番組。
た放送される事があったら観て心穏やかな気持ちになりたいと思います。
見ず知らずの家庭の子供さんなのにこんなに感動するのは自分が子供の頃を思い出したり、子育てをした事のある人であれば親心が似通っていたりして入り込んで観ているのかもしれません。ただ子育てには同じものは1つもありません。子育ての基準は全て親の主観でしかありません。だから皆違っていて当然なのです。正解も不正解もありません。環境も手段も方法も全て違うものの、子供を大事に思わない親はいないはずです。(子供を殺してしまう人は論外です)私自身は子供の頃からの家族の中の嫌な思い出ばかりを思い出してしまいますが、もう2度と会う事の無い両親に対して恨みはありません。良い事も悪い事も私が色々な経験を出来ているのは両親が私をこの世に生み出すと決めたおかげ。そう思えるようになったのです。


の人生が続く限り毎日が
「はじめてのおつかい物語」みたいな感覚です。今日起きる事の全てが「はじめて」だから。子供のように見える景色全てを新鮮な気持ちで一生懸命に健気でありたいと思います。
子供のように時には不安になって涙が出る事もあるかもしれません。
それでも私は「行ってきます」「ただいま」と言い続ける人生でありたいです。



最後まで読んで頂きありがとうございました。良い1日を。

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