私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

身を委ねる

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2021年という年が始まってから目に飛び込んできた文章


withnews.jp

はこの方の事を知りませんでした。以前ブログ内で私自身にある障害について小出しに書いたであろうとは思ってはいますがこの方の書いた文章を読んで「そうそう!」と共感出来た事がいくつかあったので、2021年の最初のブログに書き残そうと思います。一部抜粋させて頂きながら想いを書いてみようと思います。


発達障害を持つ人の困りごとは環境さえ変えれば必ず解決するとか、必ず長所として生かすことができる、という単純な話ではありません。困りごとの内容や度合いは人それぞれで、中には日常生活を送るのにも大変な困難を伴う人もいます。

「発達障害は個性の一つ」とする言い方もありますが、私は今の日本の社会では、発達障害は個性ではなく、「障害」だと思っています。日本の現状で「それは障害ではなく個性だ」という言い方を安易に用いると、障害を持つ人に対する無理解や差別を矮小化し、困っている人の存在がかえって見えなくなってしまいます。

 多くの人とは異なる特性を持つ人が生きていく上で困難を感じ、その特性が人生における「障害」になってしまうような現状を、同じ社会で暮らす人々がまずはきちんと認識することが必要です。その上で、現在の制度や価値観を変え、固定的な「普通」にみんなが合わせるのではなく、多くの違いに柔軟に対応しながらお互いが安心して暮らせる仕組みを作り上げる努力をしなくてはなりません。
 
 それが実現したときに、ようやく「かつて発達障害と言われていたものは、今では個性の一つになりましたね」「困りごとがうんと少なくなって、自分の特性を個性だと思えるようになりました」と言えるようになるのではないかと思います。

 一人ひとりの特性が個性として尊重される社会は、自分とはうんと異なる人と関わり合いながら生きていく社会ですから、そんなに簡単なものではありません。多様性と包摂、というのはそれだけの手間と労力をかけるつもりで取り組むものです。自分自身も変わる覚悟をした上で「障害は個性の一つですよね」というのならいいのですが、今は安易に「私は発達障害を差別したりしませんよ。だって障害は個性ですものね!」ということも少なくなく、気がかりです。大事なのは、口当たりの良いラベルを貼ることではなく、相手を知ろうとすることですから。


自身が昨年、日常で困ってきた発達障害の中の1つについてある人から「個性」という言葉が出た時の事を噛み砕く事や消化が出来ないままでした。そして解決できなかった事が頭の中で立ち止まっていました。その言葉を私に向けた方との間には溝が出来てしまったように感じました。この言葉を使った方は私への思いやりでこの表現を使ったという事が理解できるだけに、私はなぜあそこで「個性では無い」と強調して口にしてしまったのだろう。というモヤモヤが残りました。何度もこの事についてとその人との関係性について考えましたが日々の時間には限界があってという自分都合の言い訳を作ってしまい、とうとう年を超えてしまったように思います。


きていると日常で起こる1つ1つに答えが出るものばかりではありません。誰かが審判や判決を出してくれるような事が日常生活にはありません。それでも壁や限界を感じてばかり居ては自分で自分を疲れさせてしまう事ばかりへ繋がってしまうと私は考えました。自分がどう在りたいかの想いは大前提ですが、出来るとか出来ないとか、白か黒か、そんなハッキリした答えについては神経をすり減らして私が答えを出そうとするのでは無く私に関わる全ての人の判断に委ねる事で随分と気持ちが楽になりました。


分で自分を疲れさせてしまっては、一向に前へ進めないと知る事が出来ました。このままでは誰にもどこへも歩み寄る人生は生まれない。そう考えました。自分の事を知る事は大事ですが鏡無しで自分の全てを見る知るは結構疲れます。ならばいっそ周囲に委ねてしまう。これはとてもシンプルです。私は日常生活の中でその日の努力をして精一杯生きるだけです。そういう意識に変化してからは疲れ具合が減ったように思います。それまでは周囲に迷惑をかけない事や自分を悪く思われないようにする努力と良く思われたい努力にかなりのエネルギーと時間を使っていて、無意識の中で疲れていたのかもしれません。


供の頃からの習慣は中々きえるものではありませんでした。「良い子」でいる事は自分に関心を持って貰いたい、嫌われたくない、そんな意識の現れだったのかもしれません。結果論としてそれらは誰の為にもなっていなかった事を知りました。人がこの段階で気づくという事を私は何十年もあとになって気づきました。それでも知れたおかげで今の私は幸せです。心を休めるという方法が中々理解出来ませんでした。心が休まっていないので体も当然休まっていませんでした。常に緊張状態にあるので疲れて当然です。今は自分が楽しいと思える事を楽しむ方法や息抜きという言葉の意味に近づけて幸せです。


との間に出来た距離や溝。無理に埋める必要性を感じなくなりました。諦めや投げやりではなく全ての人と仲良く完璧な良い関係性を保つという事自体に無理を感じたのです。良くも悪くももっと動物的な生き方でちょうど良いのかもしれないと。自分に素直で正直にいる事で、気づけばそれまでの凝り固まった無駄な力も入らず日々を過ごす事ができてたね。そんな感じでしょうか。以前これも書いたように思うのですが、「障害」とは他人にとって「害」があるわけではなく、自分が日常生活をおくる中で不便だと感じる「さし障りの害」だと思うのです。全ての人が同じ感覚や考え方ではないのだよねという事を頭の根底に住まわせるだけで、自分の持つ不便な障害と上手く歩める。今はそう思うのです。


はラッキーです。生きるだけで不便に感じる障害を持った事で人の優しさや冷たさを沢山経験出来ました。何かや誰かに合わせようとしてみたり無理をしてみては都度毎に、自分は出来ないという挫折時間を経験出来ました。自分にとって何が楽しくて何が苦しいのかという事も少しずつですが、はっきりと見えてきました。人の温かさというものはいつどんな場面で味わえるかはきっと人それぞれなのだと思います。今思うと私が社会に対して何もかも冷たいと感じていた頃は、自分自身を高い壁で囲ってガードしていたように思います。その壁を取っ払って一歩でも足を出すと景色が違って見えてこれまでとは違う経験が出来、出会いが現れてきました。生きていると何が起きるかわからない。だから護りに入るというのでは無く、一歩ずつでも前へ進む。私の場合、寄り道も無駄ではありませんでした。楽しみや笑いを探し出すと自分全体に笑顔が増えて。気づくと周囲も笑顔で。毒を吐く人や場とは距離を取りだすと自分も毒を吐かなくなっていて。難しい事はわかりませんが私の場合は良い化学反応が起きたのかもしれません。


囲とズレを感じた時こそがチャンス。ズレないように必死になって頑張っていた時間が無駄になったとは思いません。その時間があったからこその「今」だから。それでもこれからも何か問題と出会った時には私に出来る精一杯の努力をしようと考えています。大事な事は自分を信じる事。そして自分に高い壁を作らない事。あとは世界共通で言うとすれば「笑顔」と「笑う」には限度がありません。これだけで決して自分を緊張状態に追い込んだりしません。まだまだ私の中にあるであろう課題は焦らず1つずつ解決していこうと思っています。「今」出来る事をする。目の前にある事を精一杯する。人生の大半はこれだけで良いようです。シンプルですが容易ではありません。ただ無理して頑張らない事。自分を信じて人が何と言おうと沢山私を褒める事。毎日動いてくれている体のパーツの全てに感謝して喜ぶ事。いつか体のどこかが動かなくなったとしても沢山感謝して褒めたという事実は自分の記憶として残り続けるはずなので全てに感謝するはず。



2021年は始まったばかりです。何が待ち受けていても大丈夫。新しい扉を開いて足を前へ進める。完璧で全てに強い人はいません。皆それぞれの弱点があったり出来ない事を持って歩いていると思うのです。私だけが特別では無いと考えてこれからも引き続き歩み続けようと決めています。今日もここで私の想いを読んで下さる方々全員が私の応援団だと心から感謝しています。いつの日か私が誰かの応援団になれる日を楽しみにしています。

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。今年もどうぞ宜しくお願い致します。