私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

意味

f:id:ecoplace:20201210234750j:plain

20年前に小学生だった娘

www.youtube.com

の上記のPVの女性をご存知の方もご存知では無い方も、チョットだけ我が家の娘の昔話を聞いてもらえたらと思い書く事にします。今から20年程前、私の娘は小学生でした。彼女はこのPVの歌手が大好きでした。彼女の名前は"Britney Spears" カタカナで書くとブリトニースピアーズさんです。今週のiTunesでは、アメリカもカナダでも彼女のこの曲が1位に入っていたので聴いてみました。この歌自体とは何も関係が無いのですが、20年前のことをふと思い出して1人でクスッと笑ってしまいました。娘は小学生の頃、踊る事や歌う事が大好きでした。ただ当時、彼女の小学校ではブリトニースピアーズのDVDを観てはいけないという決まりがありました。でも私は娘が興味を持った事や、やりたいという事はどんな事でもやらせてあげたいという気持ちで育てていました。勿論、自由と責任が大前提だと私なりに伝えながら。その中の1つがブリトニーの歌を聴きながら歌う踊るが彼女は家では自由でした。気づけば我が家のそれを知っていた周囲のお友達(年齢関係なく)たち小学生の溜まり場になっていました。確かに小学生にとってはブリトニーは過激だったりエロティズムな歌詞やダンス、衣装でした。よそのお子さんのお母様が文句を言いに来た事もありました。それでも私は彼女達に言い聞かせていました。ここの家の中で踊る歌うというのは良いけれど、この言葉を外で絶対に使わない事を約束する事を紙に全員に書かせていました。その約束が出来る子は思いっきり楽しんでと。もし約束を破ったらどんな罰が待っているのかというものも作っていました。今考えると変なママですよね。うん。


が小学生、中学生、高校生の期間に、日本へは何度か帰国していた時期があったのですが、娘の周囲では誰もブリトニーの歌を知っていた子もいたようですが、歌ったり踊ったりはしていないと言っていた時期を懐かしく思い出しました。今は当時のDVDを4KバージョンにされたPVがいくつもYouTubeに出ていて本当に懐かしく見入ってしまいました。勿論ですが私はこれまでTVなどで観たりするだけで、ブリトニースピアーズに会った事も見た事もありません。どんな人柄なのかなどもわかりません。小学生だった娘は成人し、日本のTV局で働く事になってからブリトニーと一緒にお仕事をさせて頂くという機会が1度だけありました。娘はそれが決まった何ヶ月も前から激しく緊張していた事は言うまでも無く、又今となってはそれが懐かしい想い出です。子供の時から大好きだった人とお話が出来た事、歌声を目前で聴けた事は彼女にとって自慢出来る経験となったと思います。私なら友達に自慢しただろうけど、娘はそういう事を恐ろしい程一切しない人間。親子でも性格が違うのは面白い。私にだけはブリトニーとどんな会話をしたのか、こっそりと教えてくれました。娘は公私混同しちゃったよ。と、笑って話をしてくれた事がついこの間のようです。私は娘の緻密で社交的部分を真似出来ない。だからそういう部分は尊敬できます。彼女には幼い頃から社会で生きていくにあたり、何がダメで何が良くてという事を自分で判断が出来る大人になるように仕組んでいたかもしれません。親戚もいませんし、いずれは私が先にいなくなる。その時に娘が1人だったとしてもしっかりと生きていてほしい。そればかりが頭の中にはありました。頼りない親の私であっても、子供は親の思うようにはいかないという心置きはありました。それでもどうにか自立した大人に成長してもらいたいとばかりを考えていました。気づいたら娘は私よりも断然社会の中で自立していました。

い先日、子供の頃に親御さんから干渉されて嫌だったという方のお話を読んだ時にも、娘が幼かった頃から独り立ちするまでの期間の事を思い出していました。大人になってから娘の口から「漫画を読む暇があったら勉強をしなさい!とかママに叱られてみたかった」とか、「勝手に携帯や机の中やお部屋を見られたりして怒ってた子が羨ましかった!」とか。「携帯の暗証番を一生懸命に考えてもママが見ないから意味がなかった!」とか。逆に、親御さんから干渉されていた子達は娘が羨ましいとよく言っていたそうです。もう娘は大人だし私の手を必要としないし、寧ろ足手まといになるレベルの親です。それでも親というものは離れていても話さなくても子供を案じてしまう。それは小さな子供を心配するものでは無い。娘を信頼していないという問題でも無い。家族は何歳になっても離れていても想い合う事が自然な感情なのかとまだまだまだ「親」の学びは続くのだろうと楽しみでもある。私はきっとこの先にも子供から教わる事があるはず。私が彼女に伝えられる事はもう無いかもしれないけどね。


後にもう1つだけ。こんな歌を見つけました。「時を刻む詩」という曲です。(曲の転載はここではやめておきます)私は初めて聴いた曲です。歌っている人達の名前もそれで初めて知りました。この歌詞の中で私の心の琴線に響いた歌詞の部分に色をつけてみました。この歌は恋人同士の歌なのかも?しれませんが、「私」の心に入り込んできました。まるでスポンジが水を吸うような感覚です。特に「ここまでの険しかった道は神様が与えた試練だと思って」という歌詞です。自然にしっくりときた感覚です。少し重い表現になってしまうかもしれませんが、生きる事は辛いことばかりじゃないと私は信じています。生きるという事は、人も言葉も、感覚も全てに「出逢い」があるという時間で、全てに感謝の出来る経験の時間だという事だと今の私は考えています。辛い事や気持ちと闘っている人達もどうか負けないで生きてください。沢山泣いたり落ち込んでも良いと思うのです。そしてもうダメだと思った時には逃げ出しても構わないと思うのです。違う道は無数にあるはずだから。辛い事にはきっと「意味」があると信じて。私はそう信じます。皆が良き1日となりますように。


今日も最後まで読んで頂いた方々、貴重なお時間を頂いて本当にありがとうございます。




何年時が過ぎようとも
変わらぬものがある
命ある限りそれは続いていく

不安で先が見えなくても進む自分を信じて
想いは途切れず遥か彼方まで

無関心な人の山押し潰されそうだけど
諦めず歩いていく
何処までも歩いていく
誰かがそうだからとか
周りはこう言ったとか
目もくれずに自分を貫いた

ここまでの険しかった道のりは
神様が与えた試練だと思って
風は今追い風へと変わり
やっと僕らが全てを捧げたものの
意味を知ったんだ

簡単に成し遂げられる夢は
つまらないよね
人生一度きりの
大冒険しちゃおうか

満天の夜空眺め
肩組み抱きしめ合う
あの時間が今の僕らを形成した

土砂降りの雨の日も
炎天下続く日も
僕たちは旅に出た
君たちも追いかけた
ぬかるんだ足下で
転げてしまう時は
君が僕らを救ってくれたんだ

この先もこれだけは揺るがないよ
どのページも君と足跡をつけること
約束さ50年後の未来も
きっと僕らは同じ時を刻み
息をしているよ

探していたずっとこの場所で
出逢えたこと心からありがとう

ここまでの険しかった道のりは
神様が与えた試練だと思って
必ず届くと奮い立たせた