私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

名前

はある人が
何度か私を名前で「●●ちゃん」と
呼んでくれる事が
物凄く嬉しい!!という話を
恥ずかしげもなく語りたいので
聴いて頂けませんか?
「ぇーーーくだらない。」と思わないで
頂けると「更」に嬉しいです。



私は供の頃から
親を含め、
結婚をしていた時期も
家族から今日までの何十年もの間
「名前」で呼ばれたという記憶がありません。
「あんた」「あなた」「おい」「おまえ」「きさま」が
「私」なんだと無意識に思って生きてきました。

抵はこれらが聴こえたら振り返る、
返事をする、言われた事を聞く。する。
これで当たり前だと思ってきたので
不思議に思った事がありませんでした。


職場や他人からは、字で「●●さん」と呼ばれる。

周囲の人もそうされている方々が多いわけで
私だけが特別という訳ではありませんから
尚も不思議に思う事はありませんでした。
それ以外の場面でも、
苗字で呼ばれる事が殆どだったので
それは当たり前だと思っていた。


父親の仕事の関係で私は何度も
日本をれて海外で生活をしていました。
(それは12歳までの間だけで不登校も多かったです。)
今思えば、その当時私を苗字で呼ぶのは
怒られて私を呼び出す時の先生くらいでした。


語圏の友人からは「名前」を呼ばれていた(る)から
それは私の中では居る「場所」が違うという感覚です。
つまり「私」に話しかけられているけれど
「スイッチを切り替えた別の私」が会話してる。
そんな感覚が今も時々あるように感じる事があります。



えっ〜っと、何の話だったか思い出したので戻しましょ。




私がなぜこの題を書こうと思ったかと言うと
昨日バスに乗っていた時、
あるお母さんが
幼い子供に「「あんた」遅いから置いて行くよ!」
いう言葉が耳に入ってきた時に
ふと自分に言われたような
錯覚が起きたからです。

昨日にらずだけれど、
時にお母さんは一人で荷物を持ち
兄弟がいる人はベビーカーを持ったり
荷物を上げ下げしてそれはもう忙しくて大変。
子育て中でお母さんお父さんが
どう子供を育てるのか。
それはその家庭で作り上げていく
「ルール」の基盤があると思う。
だから、
「置いて行くよー」をどうフォローするかは
各家庭で決める事だと思っています。




だ私は、
子供ちゃん達の「名前」で呼んであげて
ほしいなぁ。と考えた一人なのです。
どんなに忙しくても。
どんなに急いでいても。
子供のいたずらに怒り心頭でも。
言った事を聞いてくれないとか。
たまたまイライラしていたとしても。
なんかもう全部面倒くさくなる時も。
体調の悪い時があっても。
楽しい時は良しとして。
ぎゃん泣きされて
親が泣きたくなってしまった時でも。
子供ちゃん達の
「名前」を考えつけた時を思い出してみてください。
そして、「名前」を沢山呼んであげてください。


「名前」があります。
友人ができる年齢になると「●●ちゃん〜」と
呼ばれる事が
多くなってくると思います。
悲しいかな、私は名前で呼ばれた記憶がありません。
幼稚園の先生も、私を苗字で呼んでいました。
両親、特に母親と一緒にいる時間が長かった私は
名前を呼ばれた事を思い出せません。
私の名前は「あんた」だと思っていたから。

それが悪い良いとか考える事すらありませんでした。
結婚してからは
「おい」「おまえ」「あなた」「そちら」
が聞こえたら返事しなくてはいけないものだと
信じていました。
それ程、自己肯定感が低い人間でした。


本当にごくごく近です。
もうすっかりおばちゃんの私の事を
名前で呼んで下さった方がいるのです。
「●●ちゃん!」って。
この嬉しい気持ち、ウキウキした気持ち。
どんな風に表現して良いのか?
正直わからないのですが
とにかく物凄く嬉しくて♪
嬉しくて♪
「え???私の事?」
顔がにやけてしまいました。
それから私は徐々に
「名前」の大切さを知りました。


かに私にも「名前」はあります。
私の名前は祖父がつけてくれました。
祖父が生きていた頃は私を名前で呼んでくれた事を
覚えています。
でも、残念ながら私の祖父はかなりの高齢でした。
パーキンソン病という病気があって手足が不自由でした。
話す時もゆっくりでした。
でも大きな手の感触と
たまに会えたら私の名前をゆっくり
呼んでから手を繋いでくれた事が鮮明に記憶にあります。
おじいちゃんのオシャレなステッキ(杖)を
「はい!」とおじいちゃんの手へ。
病気で手はいつも震えていたけど
その大きな手に渡す事が大好きでした。


じいちゃんは、
ステッキとオシャレなハットを
必ず出かける時にはかぶる人でした。
出かける時の服装は今思い出しても
かなり高級なスーツでした。
きっとあれは、
「おじいちゃんプライド」です!
おじいちゃんは、長年の闘病にも耐え、
震える手で私に手紙を書いてくれたり。
全て一生懸命に生きていた人で
精一杯に頑張っていて、
不平不満など聞いた事は1度もなく、
私に、にこ〜っと笑顔を
見せてくれた温かい人でした。


私が人した姿は見てもらう事は叶いませんでしたが
きっと今も天国から
見守ってくれているのではないかな。
おじいちゃんの最期を看取る事が
私は出来ませんでした。
実母の姉妹(親戚)達は実母を含め私が
祖父の葬儀に参列する事を
認めてはもらえませんでした。
私は、祖父の最期の顔もみれず、
天国へ見送る事も出来ませんでした。
「最期」を看取る、見送る。
この事を出来なかった2度目の存在でした。


それでも、私はじています。
おじいちゃんは私の事を
ずっと見守ってくれているんじゃないかなって。
それには理由があるんです。
祖父の子供達4人と配偶者の合計8人と孫8人。
天国へ旅立つ数ヶ月前には
全員の名前と顔を
忘れてしまいました。
ただ唯一
私の顔と名前だけは覚えていてくれていました。
毎日会えていたわけじゃないのにです。


1番最後に会えた日。
おじいちゃんは、
私の名前をゆっくり呼んでくれました。
温かい優しい笑顔で。
ベッドに横たわっておじいちゃんは
足元から病室に入った瞬間に、
私の顔を見ようとして
ゆっくり頭を上げようとしてくれました。

じいちゃんがつけてくれた私の「名前」
おじいちゃんが天国へ行ってから誰一人として
呼ぶ事はなくなっていました。
ただ、きっと今でも近くで私を心配し
そっと眺めているのでは
無いかなって。
見守ってくれているんじゃないかなって。
そう思う訳です。

は、小学生の時から親友だったチワワくんの最期を
看取る事も出来ませんでした。
その子の人生の最期を切なく悲しいものに
してしまったという後悔と罪は私の中で一生消えません。


して、去年天国へ行ってしまったチワワくんは
家族になってくれた時、
この子だけは幸せに暮らしてもらいたい。
最期まで必ず看取る。
天国へ見送る。
これだけは。と心に決めてきました。
チワワくんは、その願いを叶えてくれました。


日、今でも何度も名前を呼んでいます。
朝起きたら、「おはよう!」
眠る時は「おやすみ!」
「どう思う?」って話す時もあります。
家族だから、「名前」を呼んで話をしたい。


そう、、えっと話がいつもどおり逸れていますが・・・。


育て中のお母さん、お父さん。
子育てがどんなに大変な時でも、急いでる時でも
お子さんにつけた「名前」を呼んであげてくださいませんか?
「おまえ」とか「あんた」は
子供でその時はわからなくても、
私のように大人になって、
おばちゃんの年齢になってから
「寂しい」と感じる日があるかもしれません。


「自分」の存在を定するのは
人それぞれ育った環境や、生きている環境の中で
少しずつ自身への「肯定感」が減り、
気づけば存在を否定する事になっていた。
と、いう人が私のように沢山いるでしょうが、
まずは自分には「名前」がちゃんとある事。
これは想像以上に大事な事だと私は思います。



自分をきになる為に、
自分の「名前」を改めて思い出したり、
「名前」を呼んでくれる人がいる事。
これがなんでも無いような事だと
思う人もいるでしょうが、
「名前」を親から呼ばれて育った子供は
大人になって、辛い事があった時に
「自分」の存在を大事に出来るように思います。




私の事を前で呼んで下さり、
「ちゃん」までつけて呼んでくれた人は
きっと何気なく呼んでくれたのだと思います。
勿論、温かい気持ちがこもっていたのですが。
私は長い間、自分の「名前」
忘れていたような気がします。



そうだ!
私にもんなと同じように「名前」があったんだ!
私の場合、
日常に少しずつ変化が出始めました。
勿論「名前」だけが要因ではありませんが、
自分自身を否定する事が減ってきています。
一時的に自分に対して否定的になっても
あっという間に「自分」に戻れます。
私の言う「自分」とは
「名前」のある自分自身の存在の事です。



今まさに成長程の子供さん達に
どうか沢山沢山「名前」を呼んでほしいと思います。
彼らは、大人になって残念ながら
困難と出会ってしまった時、苦しいかもしれません。
でも、自分は人から愛されて今があるという心強さを
無意識に持ち備えて成長しているはずです。
辛い時こそアイデンティティーを発揮する事に
なっていくと思います。


大袈裟にこえるかもしれませんが
「名前」はその人の一生の持ち物で武器です。
名前を呼ばれて悪い気のする人はいないように思います。
その事に気付いたのが、私の場合は
人生の終盤だったというのが、
いささか残念賞ですが
それでも、気付かせてもらえて本当に良かった!



私は「今」とこのあとの人生全てに
それまでだと言われてきて
嫌いだった自分の「名前」を大事にして
自分を肯定したり、
自らを応援したりしたい。
正直言うと不思議です。
たかが「名前」で??
そう思う人も中にはいらっしゃるかもしれません。
これはあくまで私の人生での経験と
「今」の気持ちです。



離婚をしてから子供と2人で
一緒にらしていた頃は
私が作るお料理には全て
「●●風」と私の名前を付けていました。
それまで、
「あなたの名前は人前で呼ぶのが恥ずかしいから
使うのは控えて下さい。」

元婚家から10年以上言われ続けていました。



だからこそかります!!
毎日毎日「変」だと言い続けられると
「私は(名前)変なんだ。」と
信じてしまう気持ち。
宗教やセールスなどで洗脳されてしまう人達の感覚。
「あんたは遅い」と子供の頃から
親に言われ続けていると、
自分は何をしても遅いのだと信じます。



子供を叱る時の大前提は、
情で怒ってはいけない。
ご存知の方も多いと思いますが、
親と言えど親も「人」なので、
感情的になってしまう事や、
おもわず「つい」出てしまった言葉と
いうもの(時)もあると思います。
そういう時は、親も「人」として
「ごめんね」の気持ちを一生懸命に伝えれば
子供は子供心に
理解してくれると思うのです。




親も子供も
そのの気分や
体調の良し悪しな日があります。
私は子供が一人だけで
私一人で育てていたからだと思うのですが、
世間から子供が悪く思われないようにと
そんな「見栄」があったように思います。


「●●ちゃん」じゃなくても
「名前」だけ呼んで、話しかけたり
子供の話を根気よく聴く。
これだけでも子供の心や耳には
親の愛情、声が残って心身共に健康に成長し
ていくと私は思います。


私が近色々感じていた中で
最もこれはしい発見でした。
誰かに聞いてもらいたいと考え
ここで書かせて頂きました。


今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。