私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

千葉県

以前、ブログでは何度も私のバイト先での話題を書いたのですが
スーパーのレジで一緒に働いていた人達の話はあまり書いていなかったかも?


そのスーパーで一緒に働いていた人の中では
誰かがそうしろと言ったわけでもなく
気づいたら自然と
様々な国から日本へ来て働いている人達の
相談窓口のような役割になっていた。


その中でも特に、
実家が貧困だという女性がいた。


ベトナム人の女性。
自分が働いたお金の半分を毎月
実家に送金していた。



日本へ来て2年弱。
日本語は完璧では無かったけれど
ビザが切れるギリギリ手前で
やっと就職が決まり引っ越した人がいた。


それが、千葉県。


正確な場所はここには書けませんが、
これを書いている今現在も台風で被災し停電中です。


彼女と連絡が取れず、とにかく心配だった。
Facebookで車を無料で貸してもらえる人を募集したら
使っていない車を貸してあげると言ってくれた人がいた。


長く連絡を取っていなかった知人。
千葉ナンバーの車をガソリン満タンと
2Lペットボトルのお水6本入りを6箱付きで
貸してもらえる事になった。


先週の三連休辺りに
往復の時間も入れて3日間だけ。
私が出来る事だけの事をして来ました。


無事彼女にも会う事が出来ました。
到着するまでの道中は、
想像以上に深刻でした。


東日本大震災の時とも違う静けさを感じながら
今回も1人でひたすら運転しました。


私は身の回りにあった日用品(生理用品など)や
マウスウォッシュ、ハブラシなど。
私が着なくなった服なら水無しの間の
使い捨てにでもしてもらえたらと詰め。
その他もろもろ。
後部を倒してパズルをするかのように
詰めるだけ詰め込んで会いに行って来ました。


千葉県では今はまだ県外からのボランティアや応援を
断っているので(その為に千葉ナンバー必須でした)
もし止められたら
何と言おうか?その時の言い訳ばかり考えながら
とにかくお金のかからない下道と
通行止めを回避しながら行ってきました。


当たり前ですが、
私に何かあると千葉県の方々に
余計な迷惑がかかるので、
安全第一で行く事が優先でした。


そんな中でも明らかに他府県ナンバーで
見るからに怪しそうな人や車を
何度も見かけました。



現在無職中の私は、
自分の日々の生活もままならないので、
ツイッターに書くのも、ブログに書くのも
場違いな気がして書けませんでした。


そもそも、自分の生活がきちんと出来て
いない私が他人の心配をしている立場では
無いという自覚はあったのですが、
無視が出来ずじっとしていられませんでした。



彼女の働く職場には彼女と同じく
外国人が多く働いていると就職前に聞いていました。
全員が寮に入って働く。
きっと、彼女達は何かしら困っているだろうと
想像していました。


行ってみてわかった事は
報道されていない事が多く
想像以上に彼女を含め、多くの方々が困っておられ
外国人達はかなり不安になっていました。


元同僚の女性は、ある宿泊施設(ホテル旅館)で働いています。
これを書いている今日現在もまだ閉店しています。
建物や周囲は、
ハリケーンが通過したかのように無残になっていました。
時間はかかると思いました。


彼女は、千葉県全体の台風の被害についてや
今後のことについてなどを
職場の外国人達と話は出来ても
難しい話になると理解が出来ていませんでした。


私がお会い出来た彼女の上司の方々にお話を伺ったところ、
経営者が再び通常どおりに仕事ができるまでには
まだ相当な時間とお金がかかるので
外国人の従業員については全くの未定状態だそうです。



私の元同僚だったベトナム人の女性は英語が
わからないのですが、
彼女の同僚の中に少し英語がわかる人がいて
今、どんな状態なのか、
今後はどうすれば良いのか、
そういう話を日本語も混ぜながら
簡単に伝える事は出来ました。



彼女達は何が1番の心配かというと、
仕事が出来ない=辞めてと言われる可能性がある事。
必然的にビザがなくなる。
ビザが無い=ベトナムへ帰国。

彼女を含め、それ以外の人達も皆困惑した顔をしていました。


そして、出来る範囲の事だけを手伝わせて頂き
私自身の就職の面接日の早朝に無事に帰宅してきました。

知人に車を返し、
無事私の就職の面接へも行けました。



スマホが使え、電話も使え、飲み物があり、
屋根のある家があり、灯りがあり、体を洗い、
TVをつければ情報が目や耳に入ってくる、
その事を改めて有難い事だと感じました。


千葉県にも多くの外国人が暮らしています。
色々な言語の張り紙を見ても
彼らが言っていたのは、
間違って書かれていて、完璧には理解出来ないとのことでした。


是非、被災地へ通訳の手配を千葉県や各自治体がしてくれたら。
そう思いながら帰ってきました。


私が出来た事は、ごくごく限られていて
知人の安否を確認しに行く事。
彼女達に出来る限りの事を伝える事。


被災地で気をつける事、
出来る事、
出来ないこと、
やってはダメな事など。


そんな事を伝える程度の事しか私には
出来ませんでした。

私にお金があったら、車があったら。
そう思いながら悔しいと思いました。


ただ自分を犠牲にしてまで
他人の為に何かをしても
それは誰の為にもならないという事を
教えてくれた人がいます。


だから、私は今回その言葉を
24時間頭に置いて、行動出来たように思います。



私は借りた車で寝泊まりしましたが、
各地の電力関係の方々も多く
彼らも車やテントで寝泊まりしながら
復旧工事をされているのを見ました。


「人」が「人」を助ける。
助け合う。
素晴らしいです。
本当に素晴らしいと思います。


ただし、例外もあり、
「給料をもらっているのだからやれ」
「工事して当たり前だ。」とか、
「自衛隊に入ったのだから人助けしろ」とか
そういうの、耳にした時は
悲しくなりました。


中には
ボランティアに頼んで、家で怪我されたら
その人達に保証なんか出来ないと
言ってるご高齢の方々を何人も
お見かけしました。


詐欺にあった方々がいらっしゃる事も事実ですから
神経過敏になって当然です。
TV撮影班もいたりして
県内の方々のイライラや疲れ、不安は
ピークをとうの昔に超えているように
感じました。



被災した事のある人なら
ボランティアの仕組みをご存知ですが
これまで1度もその経験の無い方は
わからなくて当然で、
誰にも頼まず、自治体、行政が来るのを
待つのが当たり前だと思っている方々が
いらっしゃいます。


勿論、助けられて
「ありがとう」と声をかけている人も
沢山見かけました。



私の今があるのは、
自分の力ではありません。
「人」から力を貸して頂いたからです。
だから、感謝する気持ちは痛い程理解出来ます。


ちなみに、
道中で見かけた動物達も私は
見て見ぬふりが出来ませんでした。



東京へ戻ってから、1番に
昔、悪質なブリーダーから犬や猫ちゃん達を
救う活動をしている知り合い団体がいたので
数年ぶりに連絡をして位置を伝えたら
探しに行ってくれると約束してくれました。


人だけではありません。
真っ暗な中で、動物達も不安でいっぱいなのです。


私に力があれば・・・・・。
いや、
私に出来る事を出来る範囲で。
それ以外、今の私に選択肢はありません。


無理をしない、
自分自身を大事にする、
怪我をせず、健康である事。


この約束を守っています。
また明日から就職面接です。


千葉県で暮らす人達、生き物、植物の全てが
1日も早く再び安心して過ごせるように
祈っています。


今日も、
最後まで読んで頂きありがとうございます。