私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

「命」より大事なものは無いんだよ。

「逮捕された」というだけでまだ真実はわからないけれど
書かせて頂きたい。


無関係の私だけれど、心が爆発する怒り。

私の暮らす関東エリアでつい先だって、
母親の再婚相手から虐待を受け殺された
小さな命の女の子の事、
深く怒り、深く悲しんだ。


そして、今日。
私の嫌な疑心が当たってしまった。
再び母親の再婚相手が殺害という可能性で
養父が逮捕された。


亡くなったのは、わずか小学校4年生。
悲し過ぎる最期。

まず、この二人に共通する事は
どんなに頑張っても戦えなかった小さな力。
そして、殺したのは母親の再婚相手。


私自身も、殺されていたかもしれない命が
今日まであった事を素直に喜べない事が今だにある。
悪夢で飛び起きる日は今でも時々ある。


つい数日前、また私の母親の住む市外局番から
電話がかかってきていたが取ら無かった。
その番号をブロックに追加したばかりだった。


何十回も自分の電話番号を変えては
私の電話にかけてくる実母。



何度かブログに私の母親の事を書いた(気)と思うけれど
もうどこでどんな形であろうとこの世に存在していようが
いまいが、私の心では母親についての感情は「無」なのです。



母親が再婚した相手に何年も苦しめられた私。
私が生きて家を出れたのが不思議なくらいなのです。



こうやって、何才になっても私は
幼い子供が母親の再婚相手によって命を奪われる事件を
知ると、心が張り裂けそうになる。


私はもう子供ではなく、おばちゃんなのに。


これ、いまだに不思議です。
どこかで、年齢が止まっているのでしょうか?


シンデレラストーリーのように?
父の再婚相手やその姉妹から
意地悪をされるが、最後は幸せになるという
そういう展開をどうしても想像出来ないのが
母親が再婚するパターン。



勿論、世の中の大半は
母親が再婚しても、養父が自分の子のように大事に大事に
育て成長させてくれるという事実も沢山あります。



母親は母親である前に1人の女性でいても罪は無い。
人間だから。
それは、凄く理解出来ます。
子供の頃は理解出来なかったけどね。


問題は、
家へ子供の父親以外の男性を招き入れるの?
招き入れないの?
同居するの?
結婚するの?
子供と2人きりにさせるの?というところ。



母親だからって、女性を捨てる必要はありません。
私自身、離婚後ずっと女性を捨てて
男性として生きてきたわけでは
ありません。

いや、性別の問題ではなかった。


つまり、母親として父親が必要なのかどうか?
子供にとってはどうなのか?



私の場合は、何を優先したかというと、
娘がまず幸せであってほしいと願った事でした。
勿論、それはこれからも変わらないけど。


私がどうしても結婚したいと思う人が目の前にいても
恋愛を続けたいと思える人が目の前にいても、
娘が無理をして笑顔になったり、
応援せざるを得ないかどうか?

それを観察して、考え続けました。
その結果。
気づけば、単身おばちゃん。


それでも、
私は再婚をする事も、娘に養父が
必要だったとも思えませんでした。

自分と同じ想いは絶対にさせられないと
石橋を叩き続けて生きていました。


実の父親がいない生活になる事についても
責任重大な判断。

経済的な理由だけで言えば、
娘は父親と暮らしていたほうが
不自由は無かったでしょう。



でもね、
暴力の対象が「私」から「娘」へ向く事を
想像しました。
それだけは私の命をかけて阻止しようと思いました。



結果的にそれが良かったのか、悪かったか?
もう考えても仕方の無い時間なんです。

「生きている事が苦しい」と思っている
私の娘の事を考えると、
私の選択、判断、行動を振り返ってしまう時はありました。


でもね、
もう「過去に生きない」
これが私がこの世代になってから
教えてもらい理解する事で人生観が変わったのです。
大きな大きな
「テーマ」と「ルール」です。


人が顔を上にあげて前を見てまっすぐ歩き続ける事は
容易い事では無いと実感しています。


それでも、幼い命を自分の手で経つ、
それ以上の罪は無いと思います。


DVを何十年と受け続けると、
人は脳が麻痺して、洗脳される事、
全く理解出来ないわけではありません。


でもね、そんな環境で生きてた私から
大きな口が叩けるとしたら

「結局自分が大事なんでしょ?」

そう言ってやりたい。

そんな人間には、弁解の理由なんかありません。


精神科医の見解も、弁護も、
この世にいない小さな命の
弁護を、気持ちを代弁してほしい。

それが、私の虐待経験者の1人としての気持ちです。



首を絞められた経験のある人ならわかると思います。

寒い日に外で立たされて明るくなってくる空を見た人ならわかると思います。

裸のまま、屋根の上に寝かされた事のある人ならわかると思います。

性虐待は、綺麗なベッドの上とは限りません。


何日も食事を口に出来なかった事のある人ならわかると思います。


真冬に冷水を裸で浴びさせられ、
口をあけているのに
窒息しそうな感覚を経験した事のある人ならわかると思います。

未だに私は歯医者さんで上を向いて口を開けるのが
怖いのは、思い出すからです。

子供は、声をあげれません。

力もかないません。


母親は、子供と10ヶ月分、
父親よりも一緒に過ごす時間が長いでしょう。


転ばないように、冷やさないように、妊娠中考えるんです。

DV夫だとわかっていたら、妊娠してなかったと
断言できます。

騙された私がいけなかっただけ。

だから神様から預けて頂いた命だと

思いながら一生懸命に1人でも育てる事が出来ました。


裕福であろうと貧困であろうと子育ては、簡単ではありません。

高学歴であろうと、学歴がなかろうとそれは同じです。


親は子供を育てていると思っていたら、
気苦労しかないかもしれません。

私は子供に成長させてもらったと思う事が多いです。

だから父親がいない道を選んだ事を後悔していません。


子供と2人で後先の事など考える余裕も無く。

世間体どころか、地球全部を捨てる気持ちでした。

そして、実際に親戚、親も含め全てを失いました。

「それみたことか!」と言われているかもしれません。


子供に大変な思いをさせてしまった事は数えきれない。
でももう過去には戻れません。

ただ少なくとも、
私は娘が殴られる蹴られる、
そんな悲しい思いだけはさせずにすみました。


裕福だから幸せとも限りません。
貧困だから不幸だとも断言出来ません。

両親(夫婦)揃っていても、1人で子育てしている人。

1人で子育てをしている人。

どちらも可哀想では無いと私は思っています。

大事なのは、子供がどう感じているかだと思います。


殺されるかも?と毎日思いながら、感じながら
暮らしている子供達をこの地球から1人でも
救いたい。


性虐待、虐待を受けて育ち、
元夫からのDV被害経験者の1人として言います。


私は決して可哀想な人間ではありません。

こんな経験をしたからこそ、
亡くなっていった子供達の気持ちがわかります。

元夫に殺されて亡くなってしまった女性達の気持ちが
理解出来ます。


みんなそれぞれなのに??
ううん。
「暴力」だけは、大小も個性も無いんだよ。

「命」より大事なものは無いんだよ。