私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

障害者で居る意味


パソコンが天国へ行ってからどのくらい時間が
過ぎちゃったかな。

スマホからブログを更新する方法を検索していたら、彼らがあまりにも眩しすぎて、自信喪失。
ツイッターもブログも開けなくて
ただウダウダ泣き言ばかり
頭の中で繰り返してた。


自分の心が醜い。
私から文章を書くことを取ると、
何も楽しみが無い。
行き先がわからなくなった迷子。

そんな感覚の毎日。

スマホ。
便利なんだけど、何度練習してもフリックタイプが出来ない。

「ひらがな」の並びが覚えられない自分の
脳の小ささと機能に苛立ちを感じる。
スマホだけが頼りなのに苛立ってどうするの、私。


初めてスマホで、ブログに今の自分の近況と
心の正直な気持ちをゆっくりだけれど
タイプしてみようと思います。
読み辛いかと思いますが、書かせて下さい。


まずは、7月から就職が決まりワクワクして
ドキドキしながら「私、頑張る!」

正社員としての新しい職場の事。

ブログを読んでくださっている方々からの
就職のお祝いのメッセージや
プレゼントまでも頂きました。


沢山のおめでとうを言って下さった方々。
本当にごめんなさい。
私は自分に負けてしまいました。

逃げ出してしまいました。
本当にごめんなさい。



無事にお仕事が始まり、
新しい仕事にワクワクしながら
研修中も必死で勉強して覚える事が出来ました。


順調に仕事は進み、上司から
褒めて頂き、心の何処かで私はいい気に
なっていたのかもしれません。

そして、
二週めに入った、ランチタイムの時。


ロッカーに入れていた自分の
バックパックの中から
お弁当とスマホを出した時に
「事件」はおきました。


私の「障害者手帳」がポトン。と。

みんながいた、目の前で落ちました。

真横にいた方が
親切に「あ、何か落ちましたよ」と
拾って下さいました。


その翌日から少しずつ
「いじめ」が始まりました。


まず、職場の人と一緒に食事をとる
テーブルに座らせてもらえなくなりました。


誰も来なさそうなのに?
椅子も空いていそうなのに?


「ここ、あとから来る人のだから。」

「●●さん、障害あるんだって?
健康のために、立って食べるといいんじゃない?」


節約と摂食障害に気づかれない為に
お弁当を持って行き始めていたのですが、
お弁当持参をまず、やめました。


パンなどにして、会社の近くにあるコンビ二で
立ったまま、1つだけでも
無理に急いで口に詰め込みました。


「こんな事で泣いてたらダメだ!私頑張れ!」
って、毎日毎日、自分に言い聞かせました。


何を言われても笑って聞き流していれば忘れるさ!そんな都合の良い言い訳を頭に置いていました。


いじめは収まらず、エスカレートしていきました。
まるで、子供のいじめ。
陰湿だけれど、幼稚なイジメ。



職場内の私のデスクの上に毎日ガムが貼り付けられていて
掃除していたら仕事が遅いと怒られました。


私の新しい仕事は、
お客様相談室で電話やメールを使う仕事です。
つまり、パソコンは必須でした。


何か聞かれた時に、お応えする為に商品の説明などが
書かれている画面が必要でした。


ある日、お客様から電話を受けている途中に、
パソコンの電源を
いきなり切られて、
「あ〜すみません〜」と何人かが笑う小声が
聞こえてきた。


お電話の向こうにいるお客様には
悟られないように、一生懸命に間をとりながら
パソコン立ち上げて、ページを出して。


気づいたらトイレに駆け込み
涙が出てきていました。


トータルの成績が悪いと、
チームに迷惑がかかるので、
そこだけは一生懸命に頑張りました。



「障害者なのによく出来るよね〜」と大きな声で言われた時、
自分でもよく覚えていない
変な笑顔で皆と同じように
私自身も笑っていたような気がする。


「同じ社員なのに障害者と同じ給料ってどう思う?」と
はっきり言われた時に

「すみません」と答えていた自分が惨めに思えた。

仕事が終わってから、私は障害者なので給料を減らすという方法にしてもらえないかとの相談を部署の上司にもしてみた。


そうこうしてアクセクしている自分に
時間が過ぎれば過ぎるほど、自分にどんどん腹がたって
自分にむかついて吐き気がしてきて。



自己紹介をする時に、全員に
「障害者です」と申告して就職するべきだった?
自分のメンタルが悪化する前に、
更に上の上司に相談をしました。
違う部署へ異動するほうが良いのか退職なども含めて。


上司は、「今忙しいから続きはまた今度。」と
その後、時間を取ってはくれませんでした。


労働基準局に相談。
会社に対して注意は出来ても、
社内の人達全員が変わるには時間がかかりますが
その間、耐えられますか?
そう聞かれて、ポジティブな返事が
口から出なかった。



私は、何よりしっかり生活していく為には
体が健康である事。

仕事をする理由はいろいろありますが、
私の年齢で正社員になるというハードルは
かなり高い壁で、いまここで職場の人からの
イジメくらいで、退職したら
もうあとが無いだろうな。

そんな汚い計算が私の頭に浮かびました。
自分にぞっとしました。
何て汚い心なのだろうと。


頑張れば、夏は無理だけど
冬にはボーナスももらえる。
正社員という位置。

手放すには早過ぎるよ。
頑張れ!頑張れ!


毎日自分に言い聞かせて出勤。


気づいたら、夜、眠れなくなっていました。
たった、2週間程の出来事なのに。


自分を全ての情報や音からシャットアウトしてもダメで。

睡眠導入剤が効かなくなって。

朝、体が動かなくなって。

声が出なくなって。


いや、きっとこれはただの怠け病に違いない。
ジョブホッパーになってはダメだ。

必死で準備をして出勤しました。
会社内へ入っても挨拶する声が、かすれて出ない。


「障害者って大変ね〜、●●さんて、
声も出なくなる病気なの?」


「障害者なんだから、家で休んでいたほうがよくない?」
と笑い声が聞こえてきて。


「障害者なのに、車椅子に乗ってなくていいの?」


「障害者なんだから同じ給料出た分、私たちに
ジュースでもおごって〜」と冗談ぽく言われて。



「あ、私もうダメだ。」

これが最後の記憶にはっきりある心の声。


体も脳も出勤拒否状態になりました。


誰にも相談できない。

沢山、沢山、私を応援してくれて、
励ましてもらったのに。


私がスーパーのレジのバイトを辞める時、
多くの人が退職を惜しんでくれて
皆がメッセージを送ってくださり、
宝塚のスターが退団する時のように
送り出してもらったのに。


彼女達、彼らは、「新しい職場はどう?」
「いつ遊びに来れる?」と
入れ替わり立ち代りメッセージを送ってくれて。

既読にすら出来ず、とても本当の事を言えなかった。

彼らは私を信頼してくれて送り出してくれたのに
私は彼らを信頼していないという証拠だよね。

最低な人間だな、私。

深みに入ると簡単に抜け出せないほど
ネガティブ思考がおきる。


出社出来なくなって3日。
トイレ以外、
起き上がれなかった。


でもふと我に返った。
「そうだ、
私は生きていかなくちゃ。」

無収入になるわけにいかない。
7月収入がなかったら?8月どうやって暮らすの?
一旦、気持ちを「無」して
まず、今の自分を強くしたいと思った。



ホームレス生活していた時に、
日雇いで何度か入れてもらえていたバイトに
応募してみた。



勿論、日雇いだし派遣だから
バイトが毎日あるわけじゃない。

「私、何やってんだろ?」
着替えをしながら、涙が止まらなくなって。

それでもね、犬くんの遺骨の前で
「ママは大丈夫!心配しないでいいからね」
これが言えている間は、大丈夫!
そう信じる事にした。


ネガティブな心を殺して
お金の為にバイトへ飛び飛びだけれど行ってみた。


その中の1つに、家からは少し遠かったけれど
自然に私が笑顔になれたバイト先があった。
それは、「接客」。


子供ちゃん達や、ご年配のかた、同年代の方、
外国人の方々、若い年代のカップル達。


ふと、レジのバイトの頃が蘇ってきて
自然に笑顔が出た。


楽しくて気づいたら8時間過ぎてた。
そこの職場の人達は私を名字ではなく
名前で呼んでくれた。

あぁ、何て居心地の良い時間。


仕事が終わって帰る時、
1人の男性から呼び止められた。
「ちょっと・・・。」と。


もしかしたら、私の障害が何か
やらかしていたのだろうか?

もう心も顔も血の気がひいていく感覚。


連れて行かれたお部屋で、

「ここで働いてみませんか?」と。

ん???突然???何??
ん???


え???障害者の私に??

その時、心の中がネガティブ思考でいっぱいの
私に素直に声が届かなくなっていた事に
気づきました。


話を聞いてみたところ、
今日の●●さんに担当してもらった場所。

派遣さんの中で1番の売り上げだった事を
まずはお礼を言わせて!と言われびっくりしました。
それはもう、かなり、びっくりしました。



何人かのお客様から、お礼の声を頂いた事も
聞きました。


えーー!悲しんで、落ち込んでる私を慰めるため?

いやいや、私が落ち込んでる事、
この人知らないんだったよね?

しかも就職って言われても。


就職PTSD真っ最中の私に、就職ですか?
心の中で考えつつ、頭がフリーズしました。


「派遣ではなく、バイトという意味ですか?」
おそるおそる聞いてみたら

「最初は契約社員ですが
社員として扱われます。」

「是非、就職面接を受けてみませんか?」と。


よく聞いてみると
その男性は、その店舗のマネージャーで、
「上司と本社に推薦をしてみたいので
考えて頂けませんか?」

最終決定は、自分に権利は無いけれど
是非受けてみませんか?といわれました。


私は、その日、
ものすごくいい加減な返事をして帰ってきてしまった。

「あ、は、い、、、」的な。


今月中に、ボスが日本に帰国するので
その時までに準備をして来月早々にでも
ぜひ面接を受けてみてください!と。。。

実は、
1日だけでも派遣者を
会社に引き抜きする事はご法度らしい。

その調整や、相談を上の者とさせてもらうので、
社員面接、受けてみませんか?」と。



「あ、、は、、い、、」
考えてみます。←小さい声過ぎたかも?


正社員になったばかりで、イジメくらいで
もう無理だと
思ってしまう私は弱い弱い人間。


確かに、1日だけの派遣バイト楽しかった。
たった1日だけれど。


1ヶ月足らずなのに、もう何年も笑っていなかった
そんな感覚だった職場から解放されたような
そんな気持ちになれた1日バイトだったからかな。



何が待ち受けているかわからない
漠然とした不安。
これが私の障害の1つ。


面接を受けるとしたら、
私にはこんな障害がありますと
伝えて、はっきり不合格です。と
言われたほうが気は楽だろう。
どうするの?私。


生きるために、お金が必要。
お金を頂くために、働く。
働く為には健康でありたい。
障害があること、また黙っておく?


いや、嘘はダメだ。
7月から始まった会社に
嘘を言ったつもりは無かったけれど
元はと言えば、私が
事実を黙っていたから、
手帳を見た人を傷つけただろうし、
せっかく就職できた会社の人からの
イジメが始まったのだと思うから。


乗り物などで、過呼吸が起きた時の為に
障害者手帳と、自分がどの病院に通院しているかがわかるように持ち歩いていた私が
ダメだったのか?



いや、見ず知らずの人に迷惑がかかったりするなら、
障害者手帳は持ち歩いていたほうが。


障害者雇用で面接を受ければ良かった???
目の前のお金が必要な状況と、
正社員という名にひかれて、安定を望み過ぎた?

少しだけれどボーナスがある分、
年収が多くなる一般雇用にした私がどう考えても悪い。


嘘をついたつもりじゃなくても、
これは、偽りで、嘘だったと言われても
しょうがない。


100%私が悪い。


私の障害は目に見えない。
だからこそ、申告するべきだったのに。

同じ失敗を繰り返すのは、もうやめよう。



昨日。
勇気を出して私を就職面接に誘って下さった
マネージャーへ改めてご連絡をしました。


「積極的に就職面接を受けさせて頂こうと思います!」



「是非、面接をうけさせてください。」
「私の至らないところに、お力を貸してください。」と。


まだ半信半疑。
本当に連絡くるのか???
これはリアルなのか?
障害がある事を伝えたら、ご縁が無かったと言われるのか?



いや、もうそんな事は気にしない。
自分にご縁がない場所なら、行かなければいい。


私を受け入れてくれる場所があるなら
その道を一生懸命に歩こう。


良い意味でも悪い意味でも、
諦めも大事な事よね。
じっとして泣いていても前へ進まないから。

今の私の前にはまだ道があるなら歩きたいから。


笑顔で暮らしたい。
犬くんとの大事な思い出のこの場所から
まだ離れたくない。

来月、犬くんが天国へ行ってしまってから
ちょうど1年がたつ。
この場所で最期を看取れた事を
感謝してる大事な居場所。


もう何十年も会っていない気持ちがするけど
毎日、会話はしてる。


ママが泣いてると、心配そうな顔したり、
「ママー、また泣いてるのー?」って
顔をよくしたよね。


今もきっとそうに違いない。


とにかく私、どうやって生活しよう?
大丈夫。ママは自死をしたりしないよ。
約束したもんね。
今もこれからも。
考えてる暇を作ってはダメだね。
何とかなる!頑張る!


私のことを、
心から案じて励ましてくれた方、
おめでとうと祝って下さった方、
就職祝いまで贈って下さったかた、
沢山の応援のメッセージを送って下さった方々。


私のつまらないプライドが邪魔をして
泣き言を言ってはダメだと
思ったり、このまま黙って何とかしようと
思ってしまった濁ったこの心の私を
どうか許してください。


本当に本当にごめんなさい。


来週のこと、来月からのこと、
正直まだ何もわかりません。
ただ、安心してください。


どんなに辛くても2度と犬くんと会えないことに
なるような自死を選んだりしないと約束します。
自分を見失ってフラフラでも、生き続けてみせます!

夢があっても生きられなかった人がいます。
夢の為に一生懸命の人もいます。
世間から何を言われても
心が折れそうになっても
ちから強く生きている人だっています。

その事を忘れてはダメだと心から思い出し
考えています。


誰かと私を比べても私はどこまでいっても
私だってこと。
こんなにすぐ退職してしまう自分は格好悪い。
我慢が足りない、生きる知恵が足りない。


それでも、私は目の前に見えた道を
丁寧に歩き続けていく他に無いという事。
私を励まして下さる存在が、
間違いなくこの地球にはある事。


毎日、何をしていても
不安で不安で、生きた心地がしません。

こんな時に限って私と共に歩き続けてくれた
Mac修理も無理だと言われて
大好きな文章も書けていなかった。
洞窟の中に自分が閉じ込められたような気持ちに
なっています。
でもね、必ず。
抜け穴がどこかにあると信じてみたいのです。
自分は孤独な穴の中に居るわけじゃないよ!
そう信じます。

ホームレスの時のことを考えれば、
今は、「家」があります。
これはかなり、大きいです。


犬くんとのこの「居場所」を
保つ。まだ今の私はここから離れたくないから。


心の濁った人間にはなるのはイヤ。
目を隠すのはイヤ。
せっかく私の目が見えるように神様は
保って下さっているのだから。


自分の心に嘘をつかない。

辛い。苦しい。
我慢の限界を超えて我慢したら
自分を見失ってしまう。

言い訳をしてでも、今は自分を生かす事を優先しよう。
健康は、心と繋がってるから。
自分勝手で本当にごめんなさい。



不安だらけ。
心が不安な時こそ、自分を見失ってはダメだ。
これは、ホームレスの経験があって学んだ事の
1つでしょ?私。
しっかりしなさい!!

もう少しであの頃の気持ちを忘れてしまうところだった。

私は人生を甘えて生きようとしているのだと思う。
障害者だという事に蓋をしたり
蓋を開いたり。

とても身勝手で他人の期待に応える事の出来ない
小さい生物だと思う。


どうだろう?
生き辛い箇所はどんな人にも平等にあると
考えるのは?

私の今の辛さは自分を怠けさせないように
甘えさせないようにあるのだと考えてみては?


あと一歩。あと一歩。

その先の足が出ないと
体が固まってしまった時は、
違う道を歩いてみるというのは。

何が正解か、全くわからない。
自分がどこを向いてるのか?

面接、受かるのか?全くわからない。

もし合格して採用となったら、定年が無いそうです。
これ、すごくない???

定年が無い=自分が働ける間はずっと働いて良い。


働く人の年齢や入社時期も関係ないそうで、
実力あるのみで働けば働く程、(時間数、年数)で、
給料があがっていくというものだと簡単に説明を受けた。
福利厚生充実。

名字ではなく、お互いを名前で呼び合う事。
何となく面白い企業だって思う。


産むが易しという言葉、
今の私に当てはまるかな。

幸い、養う人が自分の命だけだって事。
夢を叶えるために、もっともっと
英語の勉強もしたい。
夢を叶えるために、お金も貯めたい。

健康で有り続けるには、通院もしたい。

初めてスマホでブログ。
文字しかタイプ出来なかったけれど
最後まで長文を読んで頂き、
本当に有難うございます。


今日になるまで、
他の方々のブログもツイッターも見れていません。

本当に不義理な私でごめんなさい。
どうか許してください。
そして、読者様で居続けて下さって
本当に有難うございます。


暑い夏、皆さんも私も健康で
自分らしく。
1日でも多く笑顔で過ごせますよう
祈っています。


追記:今の自分に都合の良い記事を見つけました。
お時間のある方は、是非読んでみてください。


https://news.careerconnection.jp/?p=8044