私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

ルーツ

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実はルーツが仏教と繋がっていた



何度かこのブログでも書いた憶?があるのですが
私は「無宗教」です。
多くを「京都」で過ごしたのですが
殆どの神社仏閣を見て回っていません。
たまたま住んでいた近くだったから通過する為とか
行事などで仕方なくとか。程度です。




一、神社仏閣を自ら歩いて回った1日がありました。
それは、しばらく日本から離れるという時に
ごく一部の神社仏閣を見てまわったという日でした。
別にそれは教会でも良かったのでしょうが、
何故だかはわかりません。
いくつかのお寺などでした。
その後、
その時に観てまわった1つのお寺のお庭が大好きな
場所の1つになりました。



で。
話は変わります。




私は子供の頃から文を書く事が好きでした。
唯一、自分のおこづかいの中から買っていたのが
原稿用紙とマス目のあるノート。
そして万年筆のインクだけは買っていました。
本を読むのも好きでした。
本は図書館で借りては返しを繰り返すのが
好きでした。
漫画も読んでいた時期はありましたが
読む順番がわからず内容があっちゃこっちゃへ
行き、頭が混乱するので自然と読まなくなりました。
つまり、漫画読書歴は
小学校高学年になってからの数年だけでした。



私は何年が過ぎても
解力はいまだにありませんし、
文章力も人並以下だと知っています。
きっと誰が読むわけでも無いと思っていたからでしょうか。
上達する必要は無いと頭が判断していたのかもしれません。
ただ。
子供の頃から「日記」を書く事だけは
私が歯磨きをするのと同じ位のレベルで日課でした。
(今は、3行程を書く日記(ノート)だけです。)



の後、日記は
私がパソコンを手にする日までずっと手書きしていました。
ちなみに私が自分のパソコンを初めて手に出来たのは
娘と2人で暮らすようになってしばらくしてからでした。
当時、まだ主婦と呼ばれる人は自分用の携帯電話も
パソコンも持っていなかった時代でした。




はどうしても必要で、携帯電話を自分用と娘用に
持つ事になりました。
パソコンも全く何をするものか?もわからなかったのですが
電気屋さんで買って、家へ持ち帰り
コンセントを差したら、画面がどうにかなるものだと
漠然な思いで購入してしまいました。
今から思えば贅沢な話です。
故障したパソコンに「元気出して!」と励まして
騙し騙し使っている今現在は、
きっとあの頃の罰なのだと
自分なりに理解しています。



んなだから当然、
私のパソコンが世界と繋がる日まで随分と時間がかかりました。
やっとの思いで世界と繋がり
インターネットが出来るようになったのは
購入してから半年?近くはかかったように思います。
その後もネットの知識は、あの当時と今を比べると
どんぐりの背比べ程度です。




ハイ、いつもどおり話が逸れました。
えっと、ネットの事を書きたかったのではなくて・・・・




「原稿用紙」の話を書きたかったのです。
ぇ、全然違うんじゃないですか??って自分で突っ込みました。





稿用紙のルーツは何と
「仏教」にあったのです。
仏教に詳しい方ならご存知の事だと思うのですが
私は今日知ったばかりで、かなり驚いたので
書きたくて言いたくて仕方がなくて
うっかりブログを開いてしまいました!




「転読」というのをご存知ですか?
1年に1度要でお坊さん達が経本
(お経が書かれています)を
パラパラと読まれます。(実は、これも知りませんでした。)
その風に当たると、一年間、無病息災になると言われているそうです。




都で、大般若経を
木版印刷の手作業をされている人が
いらっしゃるという事を
TVで観て知りました。
お経を木版印刷する人の事を
経本 摺師さん と呼ぶ事も知りませんでした。
それはそれは地味に見えるのですが
すぐには真似の出来ない丁寧なお仕事でした。


私が子供の頃から好きだった原稿用紙。ルーツは、その木版印刷されていた経本だったんですね。




もっともポピュラーな原稿用紙が
20行20字詰で400字詰なのは、
明治に入ってから、
尾崎紅葉(1867-1903)金色夜叉などを執筆した人が
神楽坂(東京)の文房具店(相馬屋)に注文した
事が始まりらしく、後に、
夏目漱石や石川啄木など多くの文豪がこの
「原稿用紙」を使用して世に広まったと言われているそうです。


誰かに言いたくてたまらずココに書いていますが
書きながら改めて「へぇ〜」とまだ言っています。





稿用紙のちょうど中央辺りに
【 を縦向きにしたような箇所があります。
あれを、何だろう?と意識した事は無かったですが
元は、お経の題名とページ数を書いていた部分だったそうです。
原稿用紙の中央部分が
仏教のお経を経由していたとは、本当に意外で驚きでした。


は、ペチペチと指で文字が書けてしまいます。
時々、人前で漢字がすぐに頭に出てこなくて
困った場面が年々増えています。
パソコンが便利になったからと言っても、
文字を「書く」事の大切さを痛感しています。


好きな万年筆は数百円で手に入るもので、
それでも私にとっては、大好きなペンの1つです。
今の私は文字を書く時に、万年筆が出る幕が
少なくなっているのですが、京都にいた頃は
捨てられる和紙を和紙屋さんから定期的に
無料で頂いてきて毎日のように、それに書いては
感激していた頃もありました。



の通っていた大学には教会がありました。
聖書の勉強はあまり好きではありませんでした。
教会からも何か?私が普段使っているものの中に
ルーツのある物が紛れていたりするのかな。
私の大事な家族が天国へ行ってしまった時、
私は、頭に天国と「神様」を思い浮かべていました。
いったいその神様は何の宗教なのか?
まだ何も答えは出ませんし一生出ないかもしれません。

仏教なら、そもそも「神様」とは言わない?言う?
神事では「神棚」というものがあるから「神様」?
教会では日本語の場合「天の神様」と呼びます。



京はお盆時期だそうです。
同じ日本でも場所によってお盆という時期が
違うのも東京へ来るまで知りませんでした。
私は、京都の「大文字山」が焼かれる日に
私の名前をつけてくれた祖父の事を毎年想い
また来年も来てねと漠然と心の中で思っていました。
今でも私の想う「お盆」とは大文字山の大が
焼かれる日が最後の日です。
そもそも大文字焼の山焼きは何が最初だったのか?
理解していません。
忘れなかったら近いうちに調べてみます。



イヤイヤイヤ、お盆と神様の話が書きたかった訳ではありませんでした。



 


       



        おしまい。






誰かに話したくてどうしようも無かった
ストーリーにお付き合い頂き有難うございました。