私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

元ホームレスとして伝えたい事(第一弾)

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自分に自信が無い人の共通点について考えてみた



いつもどおり、私見だと思って下さい。
私は統計学者でもリサーチャーでもありません。生意気に思えて不愉快にさせてしまったらごめんなさい。第四弾まで分けました。お時間のある方は読んで頂けると幸いです。



んな集団でも職場でも
知り合いの中でも「自分に自信の無い人」
存在していると思います。
私は思うのです。
自分に自信がゼロでも構わないと。


ロから「何か」を増やせたら
その先には、待っている事が
沢山あるんじゃないかと思うのです。
ゼロからマイナスになったとしても、
その時間は決して、将来の自分にとって無駄にならないと断言できます。
これは、お金の話ではありません。



「自分は凄い人間なんだ!」
と、観せる、言う人(思っている人)とこれまで何人もお会いしてきました。
そういう方達に共通していたものがあります。
それは、蓋を開けると表裏があるという事。


あなたからその「凄い」と「自信」を取ると
「何」が残るのですか?
実際、ある程度の知名度を誇っていた人でも
多くの人の頭の中を占領していた人でも
ある瞬間から忘れ去られてしまうという事を
見てきました。



私自身もその一人だと思います。
何も残らないどころか、マイナスでした。
今は、それまでの自分の生き方に
吐き気がします。
もう過去には戻りません。
前へ進むとめたからです。



「脳ある鷹はつめを隠す」
という言葉を聞いた事が無いの?
きっと皆、心の中で少しばかりは思いつつも、
それなりに自分にメリットがあると判断された
人間に人は集まってきます。

囲からチヤホヤされる生活が始まるので
「ゼロ」を忘れてしまうのだと思います。
全ての物事を損得だけで考える脳になっているのです。



分は凄いという人達も
そこへ集まってくる人達も、
基本は同じです。
自分に自信が無いのだと思います。




えば、ブランド品を持ち歩き、身につける。
これも悪い事では無いのです。
丈夫で1つの物を長く大事に使えるという
利便もあるから。

ただ、人にブランドを付けてしまうようになると
自分に必要の無い人を遠ざけます。
「凄い人」と歩く事がステータスだからです。




うすれば、自分が全面に出て
どうすれば自分はお金を手にする事が出来るか
良いステータスを手に出来るのか?
自己啓発本を読みあさり
何なら自分で出版もしている人もいます。

自分を守る事(防備)で
の中はいっぱいなのだと思います。
有名な人とコネクトを探しまわり、
よりもっと有名な人になろうとする。
自分の
メリットしか考えていない人間になるのです。
悪い事ではありませんが、近くで観ていると
可哀想(孤独)な人とも見えてきます。



「ゼロ」の人が、何気ない日常を
丁寧に一生懸命に日々を過ごしていたり、
人を差別する事もなく、
1人だろうが10000人だろうが
自分を変えない人のほうが、
断然格好いいと私は思う。


レッとしたTシャツであろうが、スーツだろうが
ジーンズだろうが、自分が良きと思うまま
ブレない人の方が断然格好いい。


日までの人生があったからこそ
こういう思考が私に生まれたのだと思います。
それは、私の身にそれなりのステータスがあり
ブランド品がある時と
住む家が無くなりお金もなく、ステータスもなく
汚い格好になった時に、
私がゼロになった時に。
周囲の人の態度がどう変わったか?です。
これは神様から頂いた私へのチャンスだったと
今なら思えます。



このブログのプロフィールにも
(分かりづらく)書いてあるように
私にはホームレス経歴がありました。


してこれは自慢出来る経験ではありません。
その時に、それまで友人だと思っていた人達が
蜘蛛の子を散らすように去っていきました。
恥を忍んで、「助けてほしい」
懇願した人の中には元政治家も現政治家もいました。



鼻っから無視した人。
「近くの人に頼めば?」と言った人は
「俺が誰かわかって電話してきてんの?」と言いました。
「忙しい」と言い続けた人。
丁重に断られた人達には申し訳なかったと思います。
今から思えば私は、
利用価値の無いパフォーマーホームレスさん
だったという事でしょう。



ームレスの人を助けると旗を掲げている人にも
相談がしたくて、SOSを何度も出しました。
それでも、「代表」と名のつく人は、
講演会や色々な人と会わなくてはいけないなど言い訳で
代表者本人とコンタクトを取る、
相談に乗ってもらう
そういう事は一切、叶いませんでした。



NPOホームレス窓口としてある連絡先へ
お金がない時にも関わらず、
意して電話をした事も何度かありました。
「簡易宿泊所へ入れるならそこからスタートしたほうがいい」とか
相談した事が無意味になってしまった人もいました。
「
良かったらまた明日も電話してきてください。」
などと、根本的な事をこの人達は知らない。
(お金の無い人の暮らしの意味が理解されていない、そう思いました。)

どんどん落ち込む一方でした。



団で寝食を共に出来る出来ないという内容。
いくつも生きるうえでの障害がある事を
親しい友人(だと思っていた)達には話をしていました。
助けを求めた時の人達は皆この事を知っている人ばかりでしたが、
結果的には、不本意な態度や返答でした。




けてはくれなかった人達。
決して、誰のことも、恨んではいません。
私が家を失うまでに、少し先の事を想像する力が
欠けていたと反省しているからです。
結果的には、ホームレスの経験は私のその後の
人生にとって大事な時間と力になりました。


うまでも無いのでしょうが、
その時期の私は自分に自信などありませんでした。
今日、どこで過ごそうか?
そんな日々でした。


私がホームレスになり、
活保護を受給する事が出来なかったのには
家が無かった事やそれ以外にも、悪い条件が重なっていました。


半年かもしれない、1年かもしれない、
何だったら2年かもしれないと言われながら、
行くあての無い人達の寝床となる場所
(簡易宿泊所)
まずは行くように勧められました。
勧めというよりも、それが決定事項でした。


「それが出来るなら生活保護の決定になるよ」と。
生活保護の窓口では男性職員から怒鳴られ

「どうするの?!」と怒られてばかりでした。


もそも、家が無いから
雨風をしのぐ為の場所や生活保護受給が
必要だっただけでしたが。
土地勘の全くない他府県の簡易宿泊所へ
行くように言われた事に驚きを隠せませんでした。


には、色々な障害がありますが、
簡易宿泊所で暮らすとなれば、
まず辛いのはPTSDの障害です。



段ベッドで他人と生活が出来る力がありません。
そこへ一旦入ったら、了解がもらえるまで出れません。
もしも、逃げ出したら生活保護の受給は打ち切られます。
それが条件でした。


そこへ入っても、
いつが終わりなのか見えない
希望が叶わないままの暮らしと
睡眠ができるかどうか?という私の自信はゼロでした。


性が外でホームレスの状況で日々過ごす事は
山でキャンプをするのとは訳が違います。

同じ場所(外)で睡眠を取る事は危険が伴いました。
「一晩いくら?」とか、
見ず知らずの男性に3本指を出されたり。
(多分、一晩?3万円でどう?という意味です)

出される指の本数は違っていても、
それを無視したら、蹴られて逃げられた事も何度もありました。

ツバを吐きかけられた事もありました。


時は、道で人目も気にせずその場で泣き崩れました。
生きる希望はもう1度だけ犬くんに会いたい。
一緒に暮らしたい。
ただ、それだけでした。



っかり、静かな公園で椅子で座っていたら
歩き疲れて眠ってしまった事もありました。
目が覚めたら、荷物がなくなっていたり、
捨てられていたりしました。



易宿泊所入所を断った変わりに、
自治体からは、入浴券(銭湯)をもらいました。
その券を見た時、心から惨めな気持ちになりました。


雇いのバイトへ行く事もしていましたが、
その日暮らしの自分が無意味に思えてなりませんでした。
将来への希望も夢も崩れていくばかりでした。


生活保護の窓口になる自治体の福祉事務所へ、
殆ど毎日通いました。
住民票はあるのだから、
生活保護を受給させてほしいと頼みに何度も重い荷物を持ってお願いに行きました。



でも残酷に感じた事の1つに、
12:00PMに役所のチャイムがなると、
窓口の人達が一斉に昼食へ行ってしまう時です。



私は、毎日3食べていたわけでは無いので、
お腹を絶えずすかしていました。
お弁当を持ってどこかへ行ってしまう
所の人達に
心の底から憤りを覚えました。
1時間後、彼らが戻ってきたら
また1から説明して懇願して、それでもダメで
言などはほぼ毎日、普通に沢山言われていました。
それでも、お願いして頼み込んでいました。


後ろに人が並んでいたら、席を譲ろうと思って
諦めて外へ出ていました。
それの繰り返し。
自分に自信どころか、生きる力すら
どんどん消えかけていました。



と秋はのぞいても、寒い時期、暑い時期に
あっちへ追いやられ、こっちへ追いやられしていて、違う自治体を勧められたり、
ホームレスを助けるNGOやNPOに
片っ端から連絡を試みました。


らもまた、本気で救ってはくれませんでした。
電話をかけても、「今詳しくわかる人間がいない。」や、
助けてほしい、力を貸してほしいと頼み込んでも
ネットで検索すればすぐに出てくるような
支援方法しか案内してはくれませんでした。


二弾へ続く。