私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

機能不全家族の愛情とは

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この事件についての私見



刺された警察官は意識を取り戻したとの報道を見ました。
ホッとしました。



私は最初に犯人の東京の自宅がTVに映った時、強く家の印象だけが残った。
「え?」障害者2級で障害者雇用で働く人が
どうやって、こんな家賃の高い家に1人で住んでいられたの?
短絡的にそう最初に感じたのです。
どう考えても収入的に無理のあるマンションだったから。(立地的にも)



1人だからこれで十分となる気持ち、一般的では無いですか?
援助する側の人間もその事を伝える事が情だと思うのです。私は。
警察官をさして拳銃を奪うという行為をしてしまった人について
経済的に余裕があると想像できませんでした。
ただ、はっきりわかった事は、
明らかにこの犯人になった人は、
機能不全家族で育ってしまった人だと感じます。



からお父さんが関西テレビの常務取締役だったと聞いて納得。
30歳を超えた息子がいくら障害があり苦しんでいたとしても
1人で暮らす為に大きな場所を与える?
確かにホームレスにするわけにはいかない。
そこまでは何とか理解出来る。



心として、
住む場所を与えたとしても
1人で、ファミリーマンションに住んでいた事が
息子を余計に苦しめのでは?と、私は感じた。


病を持ちながら、仕事も頑張ろうとしていた事。
そういう環境の日々で、多かれ少なかれ、
独を感じていただろうと思う。
周囲の家族の声や話し声、すれ違う子供が親と楽しそうに話す光景。
そんな環境になぜ父親は息子を1人で住まわせたのだろう。



いかに、この父親を含め彼の家族が機能不全だったかが想像してしまう。



比較対象にする事は間違いなのかもしれませんが、
私の父は格で仕事ではそれなりの立場にあった人でした。
だらしの無い母親となぜ恋愛に陥ったのか?
これは今でも謎。

結局、私の父は母に見切りをつけたのだと思う。

母はいつまでも父を想い続けた結果、
お酒に溺れて惨めな人生となった。

再婚をした相手が娘に性虐待をしていても
「感謝しなさい」と私に言い続けた狂った母。


そんな機能不全家族のど真ん中で私は大学へ入るまで生きていた。
私が病んでも当然といっても良い環境。
でも、私は他人を傷つけた事も暴力を振るった事も無い。
この犯人と何が違うのだろう?と
考えてみた。
私には障害もある。生きるうえで不便がある。

何よりも大きく違う事は助けてくれる「親」
帰る「場所」が無いという事じゃないかと思う。




いな事に私は暴力を心の底から嫌う人間になった。
元夫から殴られながら蹴られながら、いつも思っていた。
「どうか殺さないで。まだ子供と生きたい」
殴られても蹴られても私は怒らなかった。
走ってる車から落とされそうになっても必死で耐えた。
殺されるかもしれない。
そんな覚悟はいつもあった。ただ
子供を守る事と、生きる事だけを考えていた。
暴力が嫌で何をされてもやり返しをしなかった。



ただひたすら時間が過ぎるのをじっと待つ。
これは、12歳から大学へ入るまでの間の養父からの性虐待の時と同じ。

「経験」には、したほうが良い経験と
しなくても良い経験があると、私は少しでも多くの人に伝えたい。




時に、機能不全家族の環境で育ってしまった人は、
自分や他人を傷つけてしまう(暴力)度合いがわからなくなる。
過度に他人を思い過ぎる事もある。
つまり「加減」がわからなくなるという意味。

他人を殺してしまうのは、神の病だけでは無く
育ってきた環境が少なからず影響していると
私自身が身を持って思うのです。
私はひたすら耐える事に徹していたけれど
「殺してやりたい」と思って生きてきた。

母親も養父も元夫へもそれは同じでした。
でも、殺さなかった理由は
元をたどると「暴力」を自分が起こしたくなかった。
それがベースにあったからだと思います。



元夫との生活環境で後悔している事は、
私の子供を機能不全家族の中で育った子供にさせた事です。
過去に戻る事が出来ない事が悔やまれます。
元夫は高学歴で高収入。
でも??です。



「人」が育つ環境はおの中から始まっていると思っています。
私は、娘がお腹にいる時に
お腹を蹴られた事がありました。
痛かったね・・・ごめんね。
守れなかった私も同罪だと今でも思っています。
必死でお腹だけはと守ろうとしましたが
女性は男性の力にはかないません。

神様を恨むとしたらコレです。

「男女平等」(性別は誰であれという意味も含めて。)は、
口にできても、力だけは、男性に勝てないという事を身を持って
私は知っています。
どんなに鍛えてジムへ通っている女性でもそれは同じです。



娘が私へ辛く当たってしまう暴言を耳にする時、
「責任」をどうしても感じてしまいます。
機能不全家族で産み育てていたのは私だから。
2人だけの生活になってからずっと。
私の目指した暮らし環境は、平和だったか??
目の前でママがされそうになる光景はなくなっても
不思議でしたが、弱いママ(私)を観ると
彼女の怒りに歯止めがきかなくなりました。



でも今の私は少しずつですが気持ちに変化が出てきています。
離を置く事は間違いではありません。
成人した子供に対しては親として「無責任」になる事は大事だと思うようになりました。
それがいつかきっと良い方向へ導いてくれると信じる事にしました。



夫とのDVの裁判をしていた時。
裁判中があまりに精神的にも肉体的にも大変で
弱音を吐きそうになった事が何十回とありました。
それでも、最後は同じところへ到着していた答えがありました。
「私は娘をこれから1人でどんな事をしても育てる!」です。
強く強くそう考えていました。


親として、断を誤ったら?
私の娘が他人に危害を加えたら??
今回の事件と、娘を比較する事は必要では無いと思っています。

ただ、親としての判断、行動、言動、
いかに難しいか。
改めてそう思いました。


機能不全家族の中で育ててしまったという
感は一生付きまといます。
幸いな事に、私はその事に気付いた事が救いです。

この事件の親御さんは、息子が他人に危害を加えて
初めて気付いたかもしれません。
それとも、今後も子供の事を守ろうとする事が
正しい道だと信じるでしょうか。


近年になって「機能不全家族」という言葉は
無関係の人でも知られるようになってきたと思います。
それでも、実態はピンとこないかもしれません。
病で覚を見る事があったと報道されていましたが、
それならば、親がなぜ1人で故郷を離れた場所に
たった1人で住まわせていたの?と疑問が残ります。


個人的には、そんな中で涙が出そうになった事は、
障害者雇用で彼なりに働こうとしていた事です。

休む時もきちんと連絡を入れていたり、
職場では真面目に働いていたという同僚や上司の人の声。

私は、他人を殺そうとした犯人の唯一の救いだと思いました。
医療刑務所なのか、一般の刑務所なのか?
それはまだこれから長い時間がかかって決められるのでしょうが、
周囲の支援や家族が力を発揮してもらいたいと思いました。
彼が人生をやり直す事ができるなら。


私が好きで見捨てられなかったアルコール依存症の人の事。
(下記に出しておきます。お時間のある方は読んで頂けると助かります。)



www.ecoplace0.com




その彼も時々、覚が出て苦しんでいました。
それでも、数年もたたないうちに
今は一般常識の判断が出来る日常を送っているのです。
どうやって治ったのか?
もしかすると周囲に隠しているだけで、治っていないかもしれない。
正直言うと、それはわかりません。
それでも一般の人と同じ日常生活が送れているのはなぜ?
やはり、環境は脳への指令に変化をもたらすのではないでしょうか。



人的には、この犯人には責任能力があったと思います。
自分を守る為に逃げたのですから。
拳銃を持っていたのに、山へ逃げるという行為が
それを現していたと思うのです。

どんな事情があろうと、病があったとしても、
やった行動について、罪については許される事ではありません。



今、子育て真っ最中の親御さん達は
子供を一生懸命に育てておられると思います。
親も人の子ですから、将来、イライラしてしまったり
泣いてしまったり鳴ってしまったりする事もあるかもしれません。
いつもそれについて私は思うのです。


親が子供に教えられる事はいっぱいあると。
だから、自分が子供や周囲にやってしまった事は
その時に、「ごめんね」と言う気持ちが大事だと。
「さっきは、言いすぎたよね。ごめん」と親が子供にるのは
絶対、大事な時間だと思うのです。
勿論、毎日それだとダメですが。


能不全家族と精神の病。
切り離せないのかもしれません。
産まれたばかりの赤ちゃんが鬱になっているというのは
聞いた事がありません。
(もしあったらごめんなさい)

他人事とは言え、今回の事件は考えずにはいられませんでした。


最後に。
頭に浮かんだ言葉を何も考えずにタイプしています。読みづらい理解しづらい文章になっていると思います。
最後まで読んで頂いた事を心から感謝します。有難うございます。