私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

子供を守る方法を間違えたら。

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親と子の関係はシンプルに考えられない1つ。


  農林水産事務次官だった人が自分の息子を殺したという事件。
多くの人がこの事件についてブログやツイッターで意見を書かれています。
殺された40代の息子は中学生の頃から両親に対して暴力を振るっていたそうです。


 70代という年齢になって40代の子供の行末を案じ、
親が子供の命を終わらせるに至るという事。
長い期間、どれ程の苦しみを重ねてきたのでしょうか。
先日、私自身の子供が中学生の時に不登校であったという話を
ブログで書かせてもらったばかりでした。
子供の親という立場になった時、形が違うだけで将来を想い案じていると思います。
例外的な親は別として、それは皆同じだと思う。
ただ、子供に何らかの病があった場合、
親は少なからず自責の念にかられる日があったりするのでは無いでしょうか。
それでも立ち止まって考えている暇もなく、ただ一生懸命に目の前にいる子供を育てる。
それだけで1日があっという間に終わってしまう。(しまった。)
きっとそれの繰り返しの日々。
なぜなら、子供の成長は待ってはくれないから。
少なくとも私はそうでした。


 私の場合は子供に多く与えるお金もなければ、ステータスも無い。
子供が私の事を親として自慢出来る事も無い。
幸い、まだ今なら子供が私に暴力をふるったとしたら負けまいと戦えるかもしれない。
でもそれは同じ女性だからという理由もある。
息子なら?
中学生、高校生くらいになれば明らかに力で母親なら負けるだろう。
高齢になれば、男性の父親であっても力には叶わないかもしれない。

 回の事件について私は思う。
40歳を超えた息子が親のお金を当てに出来た事。
親に暴力的だったにも関わらず、家から出ようとしなかった事。

 Twitterを少しだけのぞいてみたら、
所々に親の事を本当は好きだという感情が出ている
そんな気がしたのは私だけだろうか。
彼は人が恋しかったのだと思う。
お金よりも本当の愛情が欲しかったのだと思う。

 自分が悪い事をしても、働かなくても、お金に困らないという環境と
自分の為にいつも代わりに謝っていた両親を見て育った事。
「ありがとう」「ごめんなさい」も言う理屈がわからないまま
少年のまま育って気付いたら中年だった。

 は、何らかの病があったであろう息子を無一文で家から追い出す事が出来ず
強制で入院させるわけにいかず、何か世間様にご迷惑をおかけしてからの
逮捕となればと大変だと思ったのかもしれない。
殺人犯となった父親はどうすれば良かったか?


 親に殺されてしまった40歳超えの息子は
自分が両親から憎まれているであろう事はわかっていたと思う。
むしろ、両親が自分を憎んだり恨んだりして
「こっちを観て」というサインを子供の頃から出していたのでは無いだろか。
殺された息子は両親に対して最低な行動をしていたと思う。
年老いた親に暴力をふるう、働かずに家で殆どゲームをしていたのだから。
ただ、もっともっと子供の頃に遡る事が出来たなら、
彼のサインに家族の誰かが気付いて環境や習慣が変わっていたら
こんな悲劇は起きなかったようにも思う。


 の父親は、「毒親」だと思うかどうか。
自分の親を「毒親」だと思ったり呼ぶ人が既に成人して何十年も過ぎているとしたら。
それは、「甘え」だと最悪な親の元で育った私自身は思う。
「毒親」なら離れて捨てる他にない。
悲しくても自分の将来を選ぶなら親を捨てる。
一生「親」の事を恨んで考えて日々過ごしているなど時間が無駄だ。
私自身、親を忘れる事は無いし戸籍を見れば名前も目に入る。

そして自分がされた事について恨みが消える事も無い。
言われた事について忘れる事も無い。
環境が最低最悪だったという事も忘れない。

ただ、自分はその人達から離れる。親を捨てる。
それが自分にとって最適な手段だと思えば実行する他ないと思う。


 供が家庭内で暴れる。
家に引きこもって学校へ行かない。仕事をしない。
そういう家庭がこの日本には諸外国と比較して考えると
どれ程多いのかを今こそ知る時です。



  本の大半は「家」「血縁」単位で生活しています。
「個」だけでは中々、世間で判断されにくい環境です。
それが日本の良き習慣でもあり、時には
生きづらくなる事があるという事を少なからずの方々が感じているのでは無いでしょうか。
世間体や親戚に・・・・と思いはじめるのかもしれません。

  


  はこの日本では生きづらい1人です。
「故郷」「実家」が無い人。
「親」「親族」がいない人。
そう思われて生きています。
日々生活していて感じるこれが現実です。



  だ卑屈になったり後ろ向きになったりすると、
自分自身を悲しくさせてしまうのでそういうのは、もうやめました。
なぜなら幸福な事に「血縁者」よりも
「血の繋がらない他人」に助けられて今があるからです。
その事を心から、心から本当に感謝しています。
このような日が私に訪れるなどと想像も出来ませんでした。
ただ、血縁者同士で苦しんでいる人がいるという現実も無視は出来ません。




 は1ヶ月に1度、精神科へ通院しています。
そこでは、
年老いた親御さんが40代くらいの子供に付き添って通院している光景を必ず観ます。
それは目を塞ぎたくなるほど悲しい光景な時もあります。


 

 は幸を生む場面もあれば災いを生んでしまう事もあります。
今回の事件に「病」があったという報道はされていませんが
それはいずれ明らかになるかと思うので適当な発言をするべきでは無いと
思いましたが、中学生の頃からの家庭内暴力があり外出が殆ど出来なかったという事は
決して健康的な日々では無かったと想像しました。




 が生きている限り、私の存在がある限り、
娘はこの日本できちんとした家柄にある人との結婚が出来ないと言いました。
その言葉を私へ向けるという事は彼女の「甘え」からきています。
ならば私がこの世から消えてしまえば解決するのか?と言えばそうではありません。


 の私には預金も財産もなく世間が喜んで下さるステータスもありません。
親として紹介する事になれば、
私の病のことを相手に話さなくてはいけなくなるでしょう。
そして残酷なことに、娘自身にも目には見えない病があります。
その事をなぜ認めたく無いのかという事の理由が私にはわかります。
だから今後も彼女は自ら足が向かない限り、通院をしようとはしないでしょう。
誰かを傷つけるような病ではありませんが、この先の事は誰にもわかりません。




「個」よりも「家」。

 

  れはきっと日本で昔から今現在も残る、良くも悪くも伝統、習慣です。
「そんな事は関係ない」と言われて私は結婚をしました。
結果、「家」「親」は私と切り離せないという現実に何度もぶつかりました。
その現実でしなくても良かった苦しみを何度もしてしまいました。
結婚をしなければ、ずっと親と繋がっていられる。
結婚をして子供が出来たら、
自分の病を遺伝させる事も無い。誰にも迷惑がかからない。
私の娘の心には、この気持ちが強くありました。
迷惑をかける相手が自分の親なら許される。
その考えは「甘い」考えなのだという事を私は伝え育ててきたはずが
どこかでボタンを掛け違えたハリネズミ親子のようになってしまいました。

 

   親に命を絶たれてしまった息子。



つの日か天国で2人が会う事ができた時。
お互いに「ごめんなさい」「ありがとう」を言い合える事を
他人の家庭の事ではありますが、そっと願います。