私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

1日1食

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1日1食で生きている子供が、日本に沢山いる問題。

1、#ネタドリというNHK番組を観て私の心がどよめいたの件の巻。



ある貧困中学生の男の子の実話。

日本の「貧困」はなぜこんなにも目に見えにくいのだろう?

これまでからも長い間ずっと貧困については考えてきた。自分も含めてだけれど

1日1食だと言う。


食べているものがカップラーメンだったり。


片親に育てられてきていたのですが、不運にもその親御さんが亡くなってしまった。


血縁関係のあるのは叔母のみ。結果その人の家で暮らす事になった。


その叔母は生活保護受給中で、精神を患っているという方で。

叔母は家の中の一切が出来ない状況と劣悪な住まいの環境にいらっしゃいました。


やがて中学生の男の子は、毎日の学校へ行かなくなった。


やがて勉強がわからなくなってしまう・・・・


負のスパイラルのど真ん中で生きてる男の子だった。

高校への進学は勉強のレベルだけではなく環境的な事からも諦めていた。


その男の子は、家の中で靴を履いて暮らさなくてはいけない程の不衛生な状態だった。


そこへ彼のような子供達を助ける為のNGO団体の人達が


県から委託を受けてサポートするというドキュメントでした。

ただ彼の場合は努力や精神力の強さ、支えや励ましの力で、


小学生レベルだった男の子がこの4月から高校へ通う事になった。


不衛生で精神を患っている叔母の家から出て1人で自立して生活がしたいと言う理由で


今のこの時代に「早く自分で働いてお金を儲けたい」と言う


15歳の子の心境はどんなだろうか。


生きるための知恵、方法、手段、何もわからないから


ただ生きているだけだという子供達が続く程悲しい事があるだろうか?




2、親が生活保護を受給中の子供達の件の巻。


生活保護を受給中の親はこの日本には大勢いる。


子供を守る為、人間らしい生活をする為、むしろ、苦しい人は躊躇せずに受給してもらいたい。


私はそう考えています。

今日偶然でしたが見たドキュメントの場合は親戚の家での暮らしが悲惨すぎて


私だけでなく、


あれを見た大勢の人の心と目が涙でいっぱいになったと思う。

「生活保護」問題は、どの時代でも様々な言葉が一人歩きする。


保護費でお酒を飲んで良いのか?パチンコをして良いのか?


生活保護を受給中の人にも人としての自由はあるけれど、


中には病を患っている人も少なくない。


だから、それについてはしっかりケースワーカーが役割を果たせるような仕組みが大事だと思う。

優先がどこなのか?何なのか?がとても重要だと思うのです。


まずは生活保護とは人が人間らしく生きる為に人を護るためのお金だという事です。

つまり、今日見たドキュメントの


貧困のど真ん中で生きる中学生の子が学校にもまともに行けない


そういう子こそが、生活保護費に護られなくてはダメだと強く訴えたいのです。

親戚の叔母が生活保護を受給中でも、


肝心の育ち盛りの男の子が1日一食になっている問題に


即対応する事の方がいかに優先なのかをケースワーカーは知り学び見るべきです。

そして、親御さんが生活保護受給中である家庭でもそれは同じだという事を忘れてはいけません。



3、両親がいない子供達が親戚の家に引き取られる事についての件の巻。


ドキュメントに出ていた彼の叔母は


精神を患っておられて、とても甥の面倒を見られる状況ではありませんでした。


ケースワーカーはなぜ14歳の子が人として


健康的な生活を送れるような環境へ行かせてあげる事を


優先しなかったのか?

何か事情があったのか?それはわからない。

ただ、日本の生活保護制度では、


まず血縁関係のある人を頼る事になっている。


それはわかるけれど、もっともっと幼かった男の子が


拒否する知恵は無かっただろうと思う。


叔母さんの病状についても理解は難しいだろうと想像ができる。

精神を患っておられる叔母である方もまた拒否できる事の知恵は無かったのかもしれない。


日本ではいまだに貧困になってしまった場合、


子供だろうが大人だろうが血縁制度が優先される事が日本では根強く残っているという事です。


彼個人に保護費が必要であれば、叔母の生活保護費とは別に


生活保護費は使われるべきじゃなかったか?と個人的には強く思います。

ガチガチな決まりのある生活保護制度。


ある程度の定まりがなければ、確かに人を平等に守れないのかもしれない。

ただ、人はそれぞれ違う環境で違う暮らしをしているはずです。


家族構成だって違う。


ひとくくりに


「生活保護制度」とは。となり、枠の中から出て人を守れない日本の制度が悔しい。




4、精神を患っている親戚の家で1日1食の暮らしを強いられる中学生の件の巻。

衣食住の中で、「食」は生きていくために絶対的に重要。


幼い頃から両親の愛情を知らずに成長してきた上に。


片親だった唯一の親が亡くなるという残酷な運命の男の子について悲しみの他ない。


1日1食で育ち盛りで一番食べたいと思う年齢の子供が、食べれないなんて酷すぎる。

そんな日本はいつまで続くのだろうか?


戦争の無かった平成時代。


それは確かに平和だったのかもしれない。

ただ、幼い子供が虐待されていても


ドメスティックすぎて周囲の人には見えないとか。


酷い目にあった上に亡くなってしまったり。

1日に1食だけ食べて何とか生きてる子供が存在しているという現実。


食べれない日もある子供がこの日本に間違いなく大勢いるという事を。


どうすれば周囲、自治体、国が理解してくれるのだろうか。

仮にそれを知った周囲の人間がどのように手を貸せば良いのか?


そういう時の手段や方法をわかる人が圧倒的に少ない。


面倒な事に関わりたくないという人や、他人に無関心な人も多い。


自分の事だけで精一杯という人だっているのかもしれない。

県から委託されているNGOの職員は、自分自信も貧困で育ったらしく、


誠心誠意の助けを1人の男の子にしている姿が伝わってきた。

「生活保護課」で働くケースワーカーという名の職員達などくらべものにもならない程だった。


時間問わずで彼らを支え、励まし、勉強を教えてあげていた。


マナーを教え、人としての会話をしていた。

時に優しく、時に厳しい目で接している事が伝わってきた。


同じ大人として私は彼らの行動力、愛情に頭が下がる。

理由は様々だとは思うけれど、


本当に困っている貧困の子供達を助け


支え励ます為の力を貸してあげられないのだろうか。

県が、委託しているという事から考えて、


生活保護課だけでは人手が足りないからという名目なのかもしれない。


NGOを頼りにしているのだろう。

1日1食で生きている育ち盛りの子達の実情を見にいってほしい。


それを国にもっと事実として現状を報告してもらいたい。


どうか、国や自治体が。


近所が。


全ての人が


今、貧困にある子供達の力になって支え合えないのかな。


最近、少しずつ知名度が出てきた「子供食堂」


小学生だけではなく、


中学生や事情のある高校生でも利用が出来たらいいのにと思う。

5、中学校へ毎日通学出来ない子供達の件の巻。

きちんと食事が出来ず。


清潔に出来ずに学校へ行かない日が増え


やがて不登校になり。


不登校だから勉強がわからず。


その負の連鎖があまりに悲しい。

私自身も子供の頃がそうだったからかな。


痛い程、彼の気持ちが理解出来た。


日本の家屋内で、靴を履く生活という事に


どんな気持ちで日々を過ごしていたのだろう?


その気持ちを考えただけで悲しい。

学校へ行けば、お弁当も必要だっただろう。


パンを買うとしても、昼食に1つのパンを持っていく事は恥ずかしいとか


そんな思春期の子が考えてもちっとも変じゃない感情が浮かんだだろうと思う。

私や、私の弟はまさに同じだったから。


この今の時代に、何十年も前と何ら変わっていない日本を不安に思わずにはいられない。

1日1食。


それは決してダイエット目的でも節約目的もありません。


みんなが力を合わせてそういう思いをしている子供達に出来る事は何なのか。


食料を持っていく以外に


大人の経験や知恵を持ち寄って何か出来ないのだろうか。

6、貧困だから進学を諦める子、生きる知恵が無い子への助け舟がある件の巻。

ドキュメントに出ていた男の子は、高校進学を諦めていたのだった。


お金の問題以外にも、勉学がほぼ小学生まれベルだったから。


そんな時に、NGO団体の人が彼に工業高校進学を勧めてみたところ


彼は必死で勉強をして


見事合格したのだ。


本当に素晴らしいと思う。

彼は本気で生きようとしていて、


前へ進もうとしていて、


人として人間らしい暮らしのできる場所に行きたい。


そう考えている事が伝わってきた。


今いる自分の叔母との場所は、家じゃないと言っていた。


「小屋だ」と。

それは、小さい家という意味ではない。


私にも経験がある。


家の中に割れたガラスが散乱していて、


仕方がなく靴を履いて家の中を歩いていた頃がある。

大声が聞こえると、耳を塞いで勉強に集中どころでは無かった事も思い出す。

この4月から見事、工業高校へ入学した男の子は、


毎日の学食が美味しいとNGO団体の男性に伝えているらしい。
勉強も高校へ入ればいっきに難しくなりついていくのも大変だろうと想像はできる。


それでも、いまの時点ではちゃんとついていけていると言っていたそうだ。


GWや夏休みなど、大きな休み明けが一番不安だと、NGO団体の男性は話していた。

一般的な家庭の子供でも夏休みにガラッと雰囲気が変わってしまう子だっている。


どうか、あの男の子が勉強がわからなくなっても、


友達とのトラブルがあったとしても、


3年間は頑張ってくれて、1人で暮らせる日が来る事を祈る。




7、高校進学したあとの子供は1人世帯として生活保護選択可の件の巻。

日本で、今現在生活が困窮している子供については


最低限の衣食住を保証をする為の生活保護制度を作ってほしい。


本当は勉強をしたい。ちゃんと食事も食べたい。 


ごく当たり前の日常を過ごせる制度を日本に是非つくってほしい。


そしてその家庭に応じて家族構成に応じた支援をしてもらいたい。

ドキュメントに出ていた男の子はこれから高校を卒業してからのことを


きっと今以上に現実的に考えなくてはいけなくなる。


高校生ならアルバイトも出来るだろうけれど、生活保護を受給中の叔母と一緒でいる限りは


頑張って働いた分の殆どは保護費を減らされるわけだから、「働く」意欲を失ってしまいかねない。

高校を卒業してすんなり就職が出来たとして、


その頃、叔母の家から自立して生活するには、


18歳になるまでの生活習慣を


簡単には変えられるかどうかと言えば、


難しいことも沢山出てくることを考えると、今すぐにでもあの男の子が安心して3年間


勉学や好きな分野に向かって励める日常生活を作ってあげてほしい。

高校を卒業した翌日からの事までを、今からでも周囲の大人が支援してあげてほしいのです。

私の場合は、今のように情報が沢山ある時代に育っておらず、


周囲に助けてくれる人もいませんでした。


つまり、自分で何とかする他にないと子供心に思っていたのだと思う。


性虐待される場所から逃げ出す事しか考えていなかった。


だから、学校が終わったらバイトをしてお金をこっそり3年間少しずつ貯めていた。


就職ではなく進学をしようとしたのは、私の収入を母親があてにするだろうと想像出来たから。


結果、私は家を出る為の理由に進学という方向へ向かった。


自立というよりは、私の場合は安全な場所が欲しかったのだろう。


いけない、いけない・・・また話が逸れていました。

で。


ドキュメントの彼が3年後、就職をするのか進学を考えるのかそれはまだ誰にもわからない。


ただ、生活保護制度はどうか時代の変化と共に変わってほしいと個人的にはずっと思っている。

どこの誰なのか?全くわからない。


私には何が出来る?


ただ安心なのは、


彼にはNGO団体の人として素晴らしい応援団がついていてくれてるという事。


私が出来る事は、祈り続ける事。


せめて日本中の多くの祈りや願いが彼の人生に届くと嬉しいな。