私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

やっと言える日が来た

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過去の話だけれど今後生きていく私にとって必要な事を書き残します。


まず・・・・。


暴力が怖いと思う方や、しんどくなってしまう方はどうぞ読まないようにして下さい。





もう何十年も前の話です。




ある日、私は元夫に口をガムテームで塞がれ、


目をハンカチで覆われ手足は紐で結ばれて動けませんでした。



その後、無理やり車に乗せられました。



私、殺されるのかな。





そんな気持ちで体が震えていました。



今でもあの時の光景が夢に出てきます。



怖くて怖くて、自分の大きな叫び声で目が覚める事があります。




えぇ。私は今生きています。



ですから安心して下さい。



これは、元夫からされた暴力行為のたった1つに過ぎません。






実はこの話の中には、私が今伝えたい事があります。



元夫からの暴力やDVは、



この日のこれだけではないので流して頂いて構いません。





伝えたかった事は、


目隠しをされて、



車の中で目を覆われたハンカチが、ほんの少しだけ瞼からずれて


外の景色が視えた瞬間があったのです。




そのわずかにハンカチが目からズレた隙間に



昨年、大問題になった京都大学の立て看板が視えた瞬間がありました。




「あ・・・私は今、百万遍を下がってる・・・・」



(京都市内では南の方角へ行く事を下がると言います)





その後、私に起きた事はさておき、


数時間後、同様に目隠しをされた状態で



目にあるハンカチに外の光が車の窓越しに



透け、再び京大の立て看板の横を



車で走っているとすぐにわかった瞬間がありました。






ご存知の方も多いように、京都市内ではカラフルな建物は建てられません。



京大の敷地は広いのですが、カラフルな立て看板がある場所はごく一部の壁だけなんです。




「百万遍(ひゃくまんべん)」という交差点付近だけなのです。





当時、私が住んでいた家は京大から車だと10分以内で到着する場所でした。





私が何を伝えたいのか?



意味がよくわからないかもしれませんが、



当時、目隠しをされた状態の私がうっすらと視えた京大の立て看板に


自分の居場所を知る事が出来たあの瞬間のホッとした気持ち。


どれ程、



長年住み慣れていた、



毎日あるはずの「立て看板」の色に救われた気持ちになったかという事です。






昨年、立て看板は京都で景観を壊すために、


撤去されるとニュースで聞いたとき、



当時を思い出して、体が震えました。





その為に、すぐには、私見を書く事は出来ませんでした。


今は大丈夫です。


むしろ、今は1人でも多くの人に伝えたいと思っています。




全てではありませんが


京都市の景観への考えや、高さを規制する徹底ぶり


新しいものと古きものを共存させるという考え。



私は少なからず、それらを悪いものだとは思っていません。


ただ、外側だけを美しくしても蓋をあけてみれば・・・・・という


そんな悲しい結末にならない事を願います。






京大の立て看板を含め、


京都に昔からあって当たり前だと思って見ていた「景観」というものもあると思うのです。



そして、稀過ぎるケースだったのかもしれませんが、


私のように目隠しをされた状態であっても、


自分の居場所が昔からあった景観を見れた為に


救われたという事もまた事実です。





京都大学の話とは関係がありませんが、


子供が誘拐されてしまうという事件が全国でも後を絶ちません。


何とか逃げる事が出来たと仮定した時、


「何が視えたか?」


「どこへ連れて行かれたのか?」


可哀想な事だけれど聞かなくてはいけない事も出てくるはずです。




そんな時に恐怖であったとしても


子供の目の位置からでも


観えている景色というものがあるはずです。




京都で言えば、


京大の立て看板のように、



京都で生活をしていた人であれば大抵の人は観た事のある


そんな景観です。




京大の今を私はリアルタイムで観えませんが、


立て看板が撤去された石壁に


糊で貼った紙が剥がしきれなかった跡が残されているのをネットで見ました。




学生達が、反発して逆に景観の悪く観えるようなアプローチの紙を


吊り下げていたりするのを観て、改めて思います。


学生やそこで働く全ての人達にとって


京都市が理想とする美しい景観を保つ為という意味に近づいたでしょうか。


本当に美しい場所となったのでしょうか?



京都には、大学がいっぱいあります。


その中の1つの大学に通学した経験を持ち、


働いていた1人でもあります。


京都の歴史を大事に、新しいものと共存出来る街として


人に愛される街になってくれる事を願う1人です。




私がまだ学生だった頃、



立ち止まって順番に立て看板を読んだりした事もあります。


記憶に残らないものもあれば、頭に残った言葉などは


当時は図書館へ行って調べたりもしたものです。




景観云々は置いといて、


私のように、


暴力から救われた気持ちの記憶のある立て看板が


京都市の法令という「暴力」で撤去されたという印象しか


私には残りませんでした。




この事がTVやネットでニュースとなっていた頃、


私は当時の辛かった事がフラッシュバックしてきて


苦しくなったのですが、


どうしてもここで書き残しておきたいとの考えに至りました。



そう思えるまでには、ある人の言葉を頂いて


この辛さから脱出する方法(勝手に魔法と呼ぶことにします)が


私の日常にどんどん積み重なり、それが継続中だからです。




人が生かされている時間は、


残念ながら全ての人が平等ではありません。



私には難しい日本国憲法などは頭に入ってきません。


政治的な事も詳しくありません。




ただ、平等であってほしいのは


命あるもの全てが安全に暮らせる屋根の下で生活を過ごし、


1つでも誰かに褒めてもらえたり、


人に必要とされたり、


人間らしい暮らしが出来、


何かに一生懸命になれたり、


人からの優しさに触れていてもらいたいのです。




やがて最期を迎えるその日がくるまでに、


贅沢なのかもしれませんが、


この気持ちが今の私を生かしてくれているという事は断言出来ます。




ほんの1年前の私は、他人を遠ざける事が当たり前のような暮らしでした。



勿論、今でもそれは180度変化したわけではありません。


他人との距離感を掴めません。


今の私の住処。


1つの部屋とトイレがあってシャワーが出来、窓もあり、エアコンがあります。


簡単には壊れないであろう玄関のドアだってあります!(え?そこ自慢?と思わないで下さいね)


屋根のある立派な私と家族のお城だと心から感じているのです。




誰かに蹴られる事も、レイプされそうになる事もなく、


ただただ安心して眠れるのです。


これ以上の贅沢は本当に無いのです。




でも、人間は貪欲だから屋根が出来たら、次はこれが必要、あれが必要と


欲を考えていたりします。


そう、今はお腹が空いてるから特に(笑)




ただこれまで私が今、生きていた(生かされた)理由は、



温かい人達に出逢う為だったのだろうか?と考える日があり感謝の気持ちが生まれます。



こんなに恵まれているって事は、このあと何か


再び恐ろしい事が起きるのでは無いだろうか?と時々不安になったりします。



ネガティブですよね。


えぇ、わかっています。


こういうネガティブ思考は今すぐにでも捨てたほうが良い事を。



ただね、ほんの少し理解を示して頂けると有難いのです。


長い長い時間の生活環境の中で積み重なった思考は、



明日からすぐに変身!!とはいかない事もあるのです。



これでも、努力はコツコツですがしています。





生き続ける為の準備運動が出来そうな気にさせてくれた人達との出逢いがあったからです。



私は他人に心を開くコツを少しずつ少しずつ


小出しに教えられている日々に感謝の日々です。




私は、親に捨てられた人間です。


でも今は親を恨んでいません。


その分、一般的な人とは違う経験を私は沢山出来たから。


だから、感謝しなくてはいけません。



京都に立ち寄られた方、今京都で生活をされている方々。


京大の立て看があった場所を偶然歩く事があれば、私のような人がいた事を思い出して頂けると救われます。



読み辛い文章にお付き合い頂いて、本当に有難うございます。感謝。