私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

その先には恐怖しか生まれない

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DV経験とテロ恐怖体験と感覚の記憶に通ずるもの


物心ついた頃から「暴力」というものが身近にあった私が


海外へ逃げたあとに、「テロ」という恐怖体験にあう事など


どうすれば想像が出来ただろう。


今月15日にニュージーランドで起きたテロ事件を聞いて。



亡くなった50人の方々やそのご家族の悲しみに心から哀悼の気持ちを込めてどうぞ安らかにと願いました。


自分をターゲットにされた「暴力」と、



無差別に人種や宗教をターゲットにした「テロ」を



比較する事自体、そもそも間違いなのかもしれません。



ただ共通するとしたら、「恐怖」がそこにはあるという私の気持ちを今日はここで書かせて下さい。


もしも、


ご自身やご家族、身近な方がテロや暴力の被害者で悲しみが癒えていない方々は



読まずにこのまま閉じて下さい。




私が「テロ」の恐怖に言葉を失った日は2001年9月11日です。



当時、


カナダで暮らしていた私達でしたが、偶然ニューヨークにいました。

当時を知らない方も、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、



1番衝撃的で多くの方々が亡くなってしまったのは、



ワールドトレードセンターという高層のビル2棟に



ハイジャックされた飛行機が突っ込み、ビルごと倒壊してしまったという場所に居合わせました。


私達母子は、あの日の朝、まさにあの場所を歩いていたのです。


当時、2人とも「携帯電話」は持っていましたが、
今のようにすぐにスマホを開いて何が起きているのかを


調べる事が可能な時代ではありませんでした。

何なのかがわからず、不安と恐怖とパニックでした。


子供の手を握りしめながら、「冷静に落ち着きなさいよね!」と頭で考えても


私の体が小刻みに震えていました。


そして今月15日に起きてしまった


ニュージーランドのイスラム教のモスク(礼拝所)でのテロのニュースを見て


再び、私の頭の中にニューヨークでのテロ事件が蘇ってきました。

多くの子供が亡くなったと報道されていました。



怖い想いをして最期を迎えた事を



あえて言葉にするとしたら、「怖かったね」としか伝えられないのが悔しい。


ニューヨークであの日の朝、



娘と私はあっちへこっちへ走り回った事が



最近だったかのように鮮明に蘇ってくる。


ビルが崩れるまでの間にも沢山の物や人が落ちてくる有り得ない状況。



周囲は灰のような埃、煙だらけで。



時間が経つほどに、段々視界が悪くなっていた。



鼻や目、喉に埃のようなものが入ってきながらも



逃げる方向を探しひたすら走って逃げた。




これまでも


世界の色々な場所でテロ事件が起きるたびに、自分が遭遇した


テロ事件が蘇ってきていました。

忘れる事は一生ないのだけれど、鮮明に頭に蘇ってくると


自分の体が震える事に気づく。

わざわざあの日の事を思い出す必要は無いけれど、


自分の体が震えるような事がある時は


思いつくまま文章に書き起こしてでも


私の日常に戻らなくてはいけない。そう思います。


ここでそんな私に付き合って頂くのは本当に申し訳の無い事ですが。


私がこれまで経験した恐怖は大きくわけて3つ。


レイプ(性虐待)、暴力、(元夫)テロが起きた場所(ニューヨーク)

私と娘がカナダへ戻れてからも、



カナダ国内で別のテロが起きるという噂が飛び交っていた為に



恐怖感が加わっていました。



更にはそれまでの人種差別が酷くなっていた事も事実です。


何もかも違うように見えるけれど、


そこには、全て「暴力」という事が共通しています。


「1日も早く辛い事など忘れて、楽しい事だけを考えて前向きに生きていく」
「暴力(テロ)には絶対に屈しない。」




これがこの言葉どおりに中々いかないから悲しい。


この思考の中には、

生かされている事に感謝している自分に罪悪感を覚える日がある事。


私よりももっと大事な命があったのではないか?と頭に浮かぶ事。

多くの人から愛されている人が亡くなって、


なぜ私のような人間が生き残ってしまったのか?と申し訳無さでいっぱいになる事。

そんなネガティブ思考へ真っしぐらに陥るのは、


こうやって「テロ」などの事件が起きる度に


私の身の上に感じてしまう暗い現実です。

カウンセリングを受け続けたら



気持ちが明るくなれるというものでもありませんでした。



あちこちで聞こえるサイレンの音、人の叫び声、聞き取れない早口の英語や


それ以外の言語の数々。


その夢を今でも時々みる事があるのです。

消防車やパトカー、救急車のサイレンは苦手。


胸騒ぎというのか、動悸がするような感覚になるのです。

ところで、改めて書くと、



テロの「暴力」には、人種問題、宗教が関わっている事が多い。


そして、犯人の思想、思考や病もあるだろう。


子供の頃からの虐待、DVの恐怖はどうか?



数年間に渡って元夫から暴力を受けていた時に、


「おまえの為だ」という言葉を何百回、何千回と聞かされていた。

当然だけれどそこに「愛情」など無い。


一方的に押し付けようとする思想、思考という部分では



テロリストに通ずるものがあるのでは無いか?



テロを起こす犯人の心の中を理解する必要性は一切無いけれど、


海外で暮らしていた中で感じた事の1つに、



身近に人種差別や、宗教的な思考が幼い頃からあると


何かが麻痺してしまうのか、強い思い込みになるのか、


白黒、正誤、など極端なものしか頭に入ってこなくなってしまう人が現実には多い事を私は知った。



私がカナダで暮らしていた時には強い人種差別を受けていた。


娘は子供だった為に、


私よりももっと残酷で酷い人種差別や無宗教の理由で差別を受けた経験者だ。


今もあのまま日本人としてカナダで暮らしていたら?


周囲の声など関係なく強く自分を貫いたかもしれない。


もしくは、友人を信じる事が出来ず引きこもってしまう日常になったかもしれない。



昔程では無いけれど、


信ずる宗教が無い事を「恥」だと考える習慣のある国(場所)で暮らすには


周囲との距離(疎外感)を感じざるを得ない人もいる。


子供の頃から、人種差別をする親元で育った人がいかに多いかの現実です。

ニュージランドは自然が多く平和な国だと思っている日本人も多いはずです。


私が暮らしていたカナダも自然が多く、


治安が良いと思っている人も少なくないと思います。


犯人はオーストラリア国籍だそうですが、



年間に、いったいどれだけの観光客が行く事か。


勿論、どこも良い国である事もまた事実です。

とても小さな私の頭の中での仮定ですが


「自分」を確立して生きる覚悟のようなものがある人と



そうで無い人では


移民として日常生活をする事は


辛い事が起きてしまった時に差が出るのかもしれません。


日本で暮らす外国人達の中でも、人種や国によって差別を受けている人がいます。


それでも、私の知るカナダやアメリカの比では無い差別だと感じる事があります。


私の頭の中の語彙の引き出しが少な過ぎて、


誤解をされたくないばかりに


日本で面と向って暴力や恐怖についての発言をする事には勇気がいります。

日本で暮らしていると他人に言われたら言われっぱなしの私が、


日本に帰る場所の無い外国で生活を始めると


「自分」を頼りにするようになり、


「自分」を少しずつでも好きになれます。

そして不思議な事に、滅多な事では他人に謝らなくなります。


頭を下げる習慣がすっかりなくなってしまうのもわかりました。


ただ、「ありがとう」を日本にいる時より多く口にする事も多かったと思います。


都市伝説のような流れでご存知の方も多いと思うのですが、
国によっては、日本人の謙虚さのようなものが美徳とされない事があります。


ただ、同じ国へ行っても同じ出身国の人でも皆が同じ経験、日常を味わう事は


考えにくいので、人によっては何でも無い事が違う人にとっては


大変な目にあってしまったと嘆き帰る人もいて当然だと思います。


またその逆もある事でしょう・・・・。



私はたまたまですが、


日本人として生まれた誇りを忘れる事はありません。


いつか日本の良き風習も悪い部分も含めて自分の故郷に自信を持ちたい。



日本の習慣を1人でも多くの人に知ってもらいたいと思う気持ちも変わらない事を願っています。


どの国でも人は皆平等に、自由に宗教も思想も思考も権利が与えられていてほしいけれど、


こうやって事件が起きるたびに思うのです。

「私はテロ行為の擁護は絶対にしない!」


人種差別も、宗教の差別も同様にです。


「暴力」「恐怖」に未来など絶対に有り得ないと私は考えているからです。

元夫からの暴力では、走っている車から落とされそうになった恐怖や


密室での暴力を強く思い出す事があります。



「恐怖」
が私だけに向けられている事がとにかく恐ろしかった。

失敗しても懲りずに、子供と共に走って逃げた経験など何の役にも立たない。


そう考えていた私が皮肉な事に、


その数年後にあのテロ事件に遭遇し、娘とニューヨークで必死で走って逃げる事になったのです。

「殺人」はどんな理由があったとしても擁護できません。

理由や思考など私は認めません。暴力には恐怖しか無いのです。それが、「暴力」なのです。