私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

終の住処

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終の住処の場所について考えてみた



私が生まれてから今日に至るまでに、



何度転居をしたのかをカウントしてみた事が何度がある。


覚えきれない程の転居数だからなのか、



ただ私の記憶の引き出しボックスの数が少ないからなのか。


今ざっと頭に浮かぶ記憶にあるだけで27回の転居を繰り返した。


実に、娘の年齢と同じ数だけ転居した事になる。



その度に、


ガムテープと油性マジック、紐、はさみを使っていた記憶。


大人になってからの転居は、


男性でも持つには、かなりキツイであろう物も自分で運んで何もかも自分で運んでいた。




最近は、自分の力がすっかり無い事にがっかりするようになっているけれど。




実は私がこのブログをスタートさせた頃、



自分の「居場所」を



心の底から探し求めていました。


そして、



いかに物を持たず増やさず、大事にするか、物を捨てないか。


ずっとそんな考えていた時期だった事から、


エコ➕プレイスでecoplace という言葉で文章を書き始めてきました。


あの頃と比べ、今を改めて考えてみたけれど



居場所はいまだ見つかっていないと言っても良いかもしれません。



ただ、



「終の住処」について最近は良く考えるようになりました。


生きるだけで必死で老後のことを考える気持ちの余裕が無いだとか



自分に都合の良い言い訳で



今日まで生きてきてしまったツケがキッチリと「ホームレス」という形で現れた。


その経験のおかげで、



私はこれから先の事から目を逸らさずに



生きていく覚悟がまずは必要だと痛感しました。


その為には、過去を全て無かった事にするのではなく、



ポジティブに自分の過去を整理出来る強さが必要だと感じたのです。


それは私の大事な大事な家族の犬くんを天国へ送ったあの日から



スタートしていた事を本当は、気づいています。


本音を言えば、



これから1人で生きていて



いったい何を楽しみに?私は何の為に生きないとダメなの?と、



心は弱まり真っ暗闇になりました。


ただその時、



そんな私を言葉どおり倒れないように背中を支えてくれる人が



この世にいる事を思い出す事ができました。


その人は、



私が犬くんと天国に行ったりなんかしてはダメだと強く感じさせてくれました。


自死をすると犬くんとは天国でもう2度と会えない事も教えてくれました。


私の想像では、その人はまだ天国へ行った事は無いと思うのですが。



でもなぜかな。


彼女が私を心から案じてくれていて、



支えようとしてくれる気持ちが強く強く伝わってきたのです。



「強く生きよう」



そう思いました。



強い気持ちはまだ始まったばかりと言ってもおかしくない程なのですけれどね。



「人」は、生きる希望が必要です。


もちろん、



私からアメンボさんや、セミさん、蚊、鮭、鴨さん、猫ちゃん、ライオン、キリンさん達に



聞いたわけではありませんが、


彼らは、「生きる」事に必死でその事全てに「意味」があるように見えます。


ダイヤモンドも財布、お金や服も彼らには必要はありません。



群がいなくて1人ぼっちになっても、



必死で生きる為に食べ、全力で生きる事だけに



全神経を集中させているような。


私からはそう視えるのです。



私に、生きる希望を与えてくれた人は、



何をやっても長続きしない私に対して、



「宿題」「課題」を優しく添えてくれます。


それこそが、私に生きる「意味」を教えてくれているのです。



それを私が1人でも見つける日がくる事を信じてくれていると感じています。



私の終の住処は、



きっと今この瞬間もこの世界のどこかにあるはずだと信じています。


そこへたどり着くまでは、私は生き続けます。



勿論、「場所」と共に



私の「心」の安らぎや、時にはワクワクがとっても大事だと思います。


そしていずれ訪れるであろう最期の私の顔が



「憎しみ」に満ちた顔でも、「悲しみ」に暮れた顔でもなく



私を生かしてくれた全てに感謝し、



幸せに満ち溢れて優しく微笑んだような「笑顔」で



全てに「ありがとう」と頭に浮かべば


私の人生はプラマイ「ゼロ」ではなく、



「100」点だったと自分で自分を褒めてあげたい。



 Love ecoplace