私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

働かなくてはいけない事と働ける場がある事について。

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働かなくてはいけない事と働ける事の違いについて考えてみた




昨日の朝、雨の中をバイト先へ向かい歩いていた時の事。



1人の女性とすれ違った。



女性はヤクルトレディ(主にオフォスなどへヤクルトドリンクやお菓子などを売りに行く仕事)さん。



彼女は、私の母(生きていれば72歳)くらいの年齢に見受けられた。


明らかに重いであろう手押し車というのだろうか・・・・



レインコートを着て一生懸命に押して歩いておられた。


心なしか?優しいお顔で。





以前私がオフィス内での仕事をしていた頃にはよく見かけた方々の姿。


あの頃は彼女たちの仕事について何も考える事すら無かった。



昨日久しぶりに見かけた方が明らかに背中の曲がった女性だったからか?



私は、「仕事」について考えながらバイト先まで歩いた。



私は今のバイト(仕事)を一生続けたいとは考えてはいない。



元々はと言えば



犬くんの介護の為に時間が自由になる事と



家から歩いて行き来が出来る場所であるという事。



更には、重い荷物を持つような仕事では無かった事。


お金よりも、そんな条件でバイト先を選んだ。



私がホームレスに戻らない程度で最低でも家賃代の収入となるレベルだった事は大きかった。


犬くんを看取る事。



そして天国へ見送る事。


それを神様から叶えて頂いた今。


転職はしようと試みているけれどそこまでに至ってはいない。


今月で犬くん7回目の月命日を迎える。


私は、心のどこかに逃げがある。


この年齢で「仕事」がある事は有難い事よね。



バイトでも何でも仕事しなくちゃ家賃も払えないものね。


その2つを自分に言い聞かせるように今日まで過ごしてる。



夏は涼しく、冬は暖かい場所での規則正しい時間の仕事。



9時間拘束のうち大半を座って働ける仕事を探してはいる。


年齢のせいにしてはダメと言われるかもしれないけれど



現実的には、年齢が邪魔だ。


私が出来る事の中で選ぼうとすると簡単に転職も就職も難しいのが現実。



何か欲しいものがあるわけでもない。



ただ、残された時間を「生きる」という事だけに絞ってるだけ。


私は、働かなくちゃいけないから働いてる?



私は、働ける場所がある事は有難いと思って働いてる?


私のことを案じ、



精神面、健康面を考えて生活保護を勧めて下さる人がいても



私は首を縦にふることは出来ない。


ホームレスになって途方に暮れていた頃のことを思い出す。


「生活保護」は人が生きる為の正当な権利であるが故に、



重荷になることが日常生活には多いことを私は知ってる。


だから「生活保護」の道は、



私の体が動かなくなったら考えよう。



そう思ってる。



背中が曲がろうが、高齢者となろうが、



雨の中、台車を押しながら暖かいオフィスへお菓子やドリンクを売りに



いくあの女性を皆どう思ってみるのだろう?


私は思ったんだよね。



働かなくちゃいけないから働くでも、



働ける事や場所があるうちは働こうって。



「誰でも出来る仕事」なんて無い。今はそう思ってる。



これから生きていく上で、ライフパートナーがいたら?



ふとそんな弱気な気持ちになる事もある。



そしてその次に浮かぶのは、ううん。



恋愛はもういいや・・・・。っていう自分。



残された時間を仕事に生きる?



「ぇ、私何か特技あった??」


物心ついた時から必死で生きてきたわりに、私には何も無い。



今の私は空の巣症候群としか見えないだろう。



絶縁された娘との修復の機会を得たにも関わらず



何となくぎこちないままで。


何かを無理にくっつけようとすると、磁石のNS反応のようになる。


鉄は熱いうちに・・・・・だったようにも感じる。


私は、仕事をしなくちゃいけない理由は何だったっけ?



職種が何であれ仕事が出来るという喜びを忘れてはいないだろうか?



こんな私でも若い頃は、仕事を選べた。


今は何でも構わないから最低限、人間らしい暮らしを保つ為だけに働く。



当たり前の事だけれど、寂しく不安になる。


屋根のある家で誰かに蹴られる事もなく眠る暮らしになってから



今年2回目の夏を迎える。


屋根と囲いを守る為に、「更新料」なるものを払わなくてはいけない。


私にとっては大きなスケジュールだ。






働けば働く程、社保やら介護保険など税金など毎月の支払いが多くなる。


社員にでもならない限り、ボーナスがあるわけでも無い。


扶養内で働いていれば時間数も収入も制限がある。


体調を考えれば、収入が少なくなっても無理の無い勤務時間となる。


結果的には、



経済的な事を考えて無理をしてでも100円でも多い時間数、収入を選ぶ他無い。



組織で働く「人」の働く意欲を半減させる社会の仕組みから逃げ出したくなる。


ただね、私には望みのようなものがあるんだよね。



私の頭の中のどこかで夢への諦めに決着がついていないって事。


いつか「必ず再びこの島国から出て行ってやるんだからね!」という漠然とした夢が。


日本という国は素晴らしい国だという事は否めない。



ただ、私には上手く順応出来ない場所だという事。


「夢」を先延ばししていると



やがて背中が曲がり、歩く速度も遅くなるかもしれないね。


今の私にはバイトでも職場がある事は有難い事。



囲われた壁と天井の中で眠る場所があるという事は有難い事。


この事を含めて忘れたく無い。


私がこれから先に歩いて向かうのは「夢」への道だって事。