私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

摂食障害

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別に書かなくても良いのかもしれないけれど。


2019’は、少しずつになるかもしれないけれど


「変化」の年にしようと考えてる。






何を変えたいとか、何が変化するのかとか、



さっぱりまだ決まっていないのだけれど、





まずは、本当の自分と向き合うという事を1月に入ってから始めてる。




外側にいる自分と上手く付き合っていこうだなんて、それが無理だとわかったから。



 


まずは、内側にある本当の自分。


とりあえず悪い意味でも良い意味でも「私の核」とでも名付けておこうかな。






実は全然格好の良いものではなくて、



むしろ格好悪い自分を自分で改めて見つめたい。






このブログでは、折に触れては「私の障害」について書いたと思う。




でも、そんなのはごく小さな障害の1つに過ぎない。





私にはいくつもの障害がペタペタとステッカーのように張り付いてる。




その中で、困っている障害の1つを書いておこうと思う。






「摂食障害」



この言葉は、色々なイメージを持たれるけれど、


私は食べれずに痩せてしまい入院しなくてはいけないという事は無い。







勿論、一切の食べものを口に出来なくなる時期もある。




周囲の人が食事をしているのを見る事も出来ない時がある。




食べる音が少し聞こえてきただけで、吐いてしまう事もある。(お食事中の方、ゴメンナサイ)








そうかと思えば。



眠っている時以外、ずっと食べものを口に入れているという時間が襲ってくる。




「満腹感」がなくなり、味覚がゼロの状態になる。




食べても食べても、満足が無い状態。



同じ食べものを1日中食べ続けてしまう事もある。




簡単に考えると、家に食べものが無ければ良いだけ。



それが逆にまず飢餓感のような状態になってしまう。




家にある調味料をひたすら口に入れてしまう事もある。


紅茶の葉を食べてしまったり。




氷をひたすら食べ続けて、お腹をこわすパターンはお腹が痛くてキツイ。



ただの大食いでしょ?って思われるかもしれません。





もしも、これを読んで頂いている方の周囲に、


「痩せすぎた?」

「太りすぎた?」と


思う方がいても、決してそれを言葉にしないであげてください。





摂食障害の最初は、人様々ですが


思春期に始まる人の大半はこの周囲の何気ない言葉がきっかけで発症してしまうという


残念な病気です。


周囲からは見えずらく、診断された時には、



大変な状態になっているからです。






お腹がいっぱいなのに、


パンなどを万引きをしてしまう人もいると聞いた事があります。





幸いな事に、私がこの病気を発症したのは


思春期ではなくもっともっと大人になってからでした。





食べては吐く、食べれない、ひたすら食べる、


この3パターンが、


まるでTVドラマの4クール(春ドラマ夏ドラマ秋ドラマ冬ドラマ)のように回ってきます。






気をそらす為に、色々な事をしますが


一旦、始まると日常生活にも支障が出始めます。




私は、去年の夏に

大事な家族の犬くんを天国へ見送ったあと


食事が一切口に入らない状態が続いていました。





そして、少しずつ少しずつ病状が変わっていました。



無意識で、家にあった野菜を生のままでかじっていました。


煮たり焼いたり味付けしたりすれば美味しい食事となるはずのものをです。




あぁ、今度はこの順番が来た。




頭では理解しているのに、行動が上手くいかないで


ずっと泣きながら食べものを口に詰め込んでしまいます。




秋頃には家にある調味料を全部捨てました。




幸い?私はお金に余裕が無いので夜中にコンビニへとはいきません。





食べるものが無い時には、泣きながらずっと過ごしていました。


自分でもハッとするようなものを口に詰め込んでいる時があります。




私の場合、一切食べものを受け付けない状態の時がきたら、


食べていないので、目眩がおき脱水になり倒れてしまうだけです。




ひたすら食べ続ける時は、


ひたすら食べているので、体重が増え便秘になり体中が浮腫みます。





どちらも、自分だけの意思や感情では治りません。




頭の中と行動が違うという障害は、不思議ですが


涙がひたすら出ます。ずっと泣いている日もあります。





ただ私はラッキーだった事があります。



犬くんの存在のおかげで、私と犬くんを心底助けようとしてくれる人と出会えました。




私に恩をきせる事が無いように、


私が負担に思わないように、


まるで私が見えているかのように、


これまで味わった事のない人の温かさを知る事が出来ました。


救われました。


過食も拒食も殆どなく過ごせるようになっていました。





私は、大事な大事な家族を失い


喪失感と空の巣のような、フヌケとでもいうのでしょうか。


やり切ったような、やり残したような。




そんな状態から少しでも私を護って包んでくれる不思議な力のある方。


また、ただの親切とかではなく優しく見守って下さる方との出会いが支えになっています。





私は本当にラッキーに2018’を終えたと思っています。




何の根拠もありませんが私の「摂食障害」は必ず治ると信じています。






不思議ですが、何も考えずにこうやって文章を書いていると気持ちが落ち着きます。





出来るだけ読んで頂く方にわかりやすいようにと思いつつ書いていくのですが、


結果は、ひっちゃかめっちゃかな文章になってしまいます。




発達障害もお手伝いしてくれていて、何かに集中するという事が殆ど出来ていないので、


気持ちを文章に書いているこの時間だけは、頭の中の気持ちがここに居ます。





私のように、摂食障害で悩んでいる方や、


その家族の方は、どうか本人とはただごく自然で暖かく接してあげてください。





今日は、この障害について自分の体や脳や心が何をしている時に


どうやって少しずつでも治ってきているのか。





振り返りつつ、そしてこれからもいつ顔を出すかわからない



この障害を自ら抱えるのではなく、ちゃんと向き合って認めて治ったらな〜。



そう思います。






今日は今日で終わりなので、明日の事は考えないようにしていますが



読まれる方が不快でなければ、少しずつ私の障害をここで共有させて頂ければ。


有難いです。 






いつも最後まで読んで頂きありがとうございます。