私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

障害で片付けたくない

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kotoba



1度口から出た言葉は、口に戻す事が出来ません。


当たり前な事なのだけれど・・・・・。




ブログで書く文章は、



言い方を変更しようと思えば編集で何度でも書き直す事が出来ます。





普段、私の言葉が上手く伝わらないが為に



会話の方向が「そうじゃないのに・・・・」となる事があります。





どうでも良い会話でも、重要な会話でも、



「A」方向を伝えたかった事が


「Z」くらいまでずれてしまう事が不本意でならない。





私の言葉には棘があるのかもしれません。


はっきり思った事を言葉にしてしまい、



相手を不快にさせるのかもしれません。




頑固で、融通が利かない頭の硬い嫌な人間なのかもしれません。






それが原因で悪い方向へ行く事もあれば、良い方向へ進む事もあります。





自分に嘘をつかない事と、相手に嘘をつかない事。




逆に言えば、



嘘はつけないし、相手を傷つけてしまう可能性がある。という事。







1度口から出た言葉は、相手が聞こえた時点でもう完結になってしまう。



無駄に頭にくるのは、


自分の定規で会話をされる事。



私が頭にくる事は、


相手には、しないようにしているけれど


自分の定規と自分の解釈でしか会話をしない人と会話する事が、本当に私は下手で苦手。



さらっと流す事が出来ない。



どこか頭の中で「怒る」事は無駄なエネルギーだと思っていて



相手が怒らないようにも気を使い始めると、会話がものすごく疲れる。





ただ、自分の心の中や頭の中で納得したり、


じっくり理解出来た事は


初めは自分の意に反していたとしても、


そこからの思考が上手く変化していく自分の新しさに気づき楽しいと思える。





こんな私と面倒くさがらずに会話をしてくれる人はそうそういないわけだけれど、


時々、走馬灯のように会話の初めから思い出してみては悲しくなる。




こういう自分を、なんでもかんでも「障害」で片付ける事は良く無いと思ってる。


私が伝えたいと思う事が相手に伝わらない、伝わらなかった事を


本当にそれで良かったか?その言い方で良かったのか?


相手と自分の立場が逆なら?と冷静になって考えてみる。




それでも、やっぱり自分の言葉は間違っていないよ。


という何か焼印が押されるわけもなく、


私の頭の中に裁判長がいるわけでも無い。




どうでも良い事か、ここは一生懸命考えるところなのか、


新年明けてまだ4日しか過ぎていないというのに、


ブルーになってしまった1日の終わりでした。


今年から始める事にした日記ノートには、


会話をする時の自分の意識の中で、気をつかってみるところを書き出してみた。




ただ、


このブログを閉じる時、今日眠る時には、


「ま、いっか!」と口にしてみようと思う。


考えて考えてみても答えが出ない事は日常で沢山ある。


寝不足になって不健康になるくらいなら、今日は一旦幕引きとしたい。


少しずつ焦らず変化しようよ、私。


また下向いたらダメだよ、上向いて歩きなよ、私。