私の裁判

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

過去に生きない

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2019

2018年12月31日から

年が明けた2019年1月1日の私の誕生日含め


48時間がとても長くも短くも感じる充実した年明けとなりました。



絶縁された娘との48時間(正確には48時間も無かったですがほぼ一緒に過ごせました)



そうなった経緯は下記ブログに書き残してあるので、お時間のある方は是非読んで頂けると有難いです。

www.ecoplace0.com





その中でも新年早々嬉しい事が続きました!



私がもしもドキュメンタリー番組になったら、


主演として出演して頂いてもおかしくない程、


私をいつもいつも支えて下さっている方からの


お誕生日おめでとうのメッセージと


ギフトがめちゃくちゃ嬉しかったという事を書き残しておこうと思う。




私の誕生日にリアルタイムで祝って下さったからのメッセージを読んだ時、


娘と一緒に歩いている最中だったのですが、実はしばらく沢山歩いていなかった私は


足の裏が蒲鉾板のように感じていたところでしたが、


嬉しくて軽くスキップになりました。




当然なのだろうけれど、


友達から沢山のお祝いが届くとか人が集まってくる人は


普段から、人としてそれだけ周囲を大事にしている人。



私は、悪気は無いとは言え、そういう事が出来ていなかったのだと痛感している。




それでも、他人にも関わらず唯一私の誕生日を祝ってくれた人。


生まれてきた事、今生きてる事を愛情を持ってお祝いしてくれる人が


間違いなく1人いるという事が本当に有り難くてたまらない。




折に触れては、私を叱咤激励、


時に背中を押し、時に前から誘導、


現実や心の中で5差路レベルの交差点で立ちぼうけ、


どこへ行けば良いか迷っていたら


わかりやすいプラカードで最善道の案内をさりげなくしてくれていたり。



時には、


涙を強風のドライヤーで乾かしてくれるような暖かくて防波堤のような人。



これまでの人生で私について諦めずに応援してくれた人がいたかどうか?



私は、常に何に対しても億劫で自分に自信がなくネガティブで、世界が狭い。



病気なのか、

持って生まれたものなのか、

時間の観念も恐ろしく前後したり健忘していたりする。



私が感じている以上に、他人から見れば目に余る人間だと想像できるけれど

投げ出さず事もなく、沢山の時間とエネルギーを使って応援支援をして頂いて。

決して無理強いや押し付けをせずに、ただただ見守って下さる。





こうやって文字にしていても、感激の涙が溢れてくる。


「恩人」とかそういう型通りの言葉が安易に当てはまらないような大事な大事な人だ。


遠い人なのに、すぐ私の目の前にいて見守ってくれているから


無条件に安心出来る存在の人。



私が理想だった「親」の姿や意味に近い。


そうだ・・・・


私は自分の娘に対して、こういう事が出来ていなかったに違いない。


絶縁が解かれ、新しい形で親子関係をと娘が望んでくれるとしたら、


私が、これからは娘に対してこういう在りようが最高に違いない。



「良かれと思って・・・・」これは私の言い訳に過ぎないと今なら思える。



絶縁が解かれた事が終点ではなくて、


これから新たな私の始まりを迎えたと考えようと思う。





何が出来るか、

何をしていきたいのか、

どう在りたいか、

どういう日々が私を健康に保ってくれるのか。


どれも大事な事だから。



「過去に生きる」をやめようと意識し始めると、

不思議と自然に、沢山の「今」が視える。


今の私には、苦難もハッピーな気持ちも、どちらも大事。

どちらも感謝へと繋がることだから。



このブログを読んで下さっている方々への感謝の気持ちと同時に

1つでも多くの幸せを感じられる1年となりますよう祈っています。