"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

自律神経失調症

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自立って何だろう?のお題が目に入ってきたから私の中だけで考えてみた。




極端な考えになってしまうけれど、

"自立"=経済、精神が独りで大丈夫。



そんなイメージを思い浮かべる人が多いように感じてる。




勿論、それは立派な事だと思う。






ただね、私は思うのです。







「人」は年齢、性別関係なく


「人」に頼っていたり、迷惑もかけていたり、


助けられたり、助けたり、で、良いのでは無いかと。



むしろ、


人に甘えるという方法を、幼い頃に学ぶ事が出来た人は


とても健康的な幼児だったんじゃないか?って。




やがて大人になって、


自分が自立していて、


自分の力だけで生きているとは限らないと思うのよね。



どんな環境になっているか?


予定どおりに人生が運ぶとは限らないのだから。








人が岐路に立たされた時、「健康的」に育った人は強い。





それにひきかえ、


甘えてはいけないという呪文の洗脳で育ってきた人は生き辛い。






おいおい・・・・?


「自立」の意味を理解していませんね。




私は社会からそう言われてしまうかもしれません。









で、つまり何が言いたいのか?



実は私は昨日、月に1度の通院の日でした。(精神神経科)






自分の順番を待っていると、ずっと泣き続けている女性が目に入ってきた。







最初はシクシクと泣いていたのが、嗚咽にかわり、


最後には


過呼吸が出ながらの泣き声に。






いよいよ心配になって、


同じく患者で行っていた私が「ゆっくり息吸って〜吐いて〜」となだめてみた。





(えぇ、えぇ、これは私がいつも救急隊に言われる言葉ですから。)






周囲の人は気づいていない訳では無いだろうが、誰も関わろうとしない。


(みんな自分が何らかの理由でしんどいから通院しているのだろうからここではしょうがない)








そこへやっと来た1人のナースが、きょどってる?!




またか・・・のようにナースが2人になり、3人になり、やがて抱えられてどこかへ行った。







つまりね・・・


人それぞれ病気になってしまったには理由や環境があったはず。





病気なのだからしょうがないでしょう?!


真面目に通院して治したいと考えられる間は、健康に限りなく近いと


私自身は考えています。






ただ、その時に誰かに甘える方法を知らずに大人になってしまった人は


ひたすら自分の全てを責め続ける他に知恵が無いまま生きる。



これが私。





「自立」



その言葉が、いつのまにか強迫観念になっていて、


「人」を生き辛くしてしまう事だってあると思う。





社会で生活する中で、




「あれ?自分は人と違う。」(気がする)



「皆と同じように出来ない。」(どうしよう)



「親に頼ってる。」(私にはいないけど、何歳までという基準か何かある?)





「薬が無いと日常生活が出来ない」(薬が必要な人は、いっぱいいるよ)




「同期で入社した人と同じレベルに仕事が出来ない。」(同級生が全員ハーバード大学入学、卒な訳が無い)







色々な意味で「日本」は本当に平和だ。







頼れる親(家族)がいるなら、頼ったり、助け合えるならそれは素晴らしい事だと思う。




支え合える人(パートナー)がいるなら、それは幸せな事だと思う。



家族や友人、他人であっても助け合える存在がいるって本当に幸せな事だと思う。




「自立」が誰よりも優っている人だと私は感じない。




自分の力だけで、自分がしっかりしなくては。



自分は独りでも生きていける力が必要。




そういうライフスタイルの人がいても、それはその人の生き方なのだと思う。




間近に高齢化社会を見越して?なのか、


最近では「1人焼肉」というお店があったり、


1人で何かをする事がジワジワと美化されてきた気がする。





私は、いつもそういうのを観て、


「え?!本当に寂しくないの?」



「独りが大好き!」という人がこんなに多くなるなんて。





誰かと話したいな。

一緒に食事が出来る人が欲しいな。

そう思う事が独立していない人、

自立できていない人だと、


私は考えたくないな。






「自律」と「自立」の意味の違いについて。




「自立って何だろう?」から、


大幅に話が脱線していくであろう事は、私の障害の1つで、


日常想定内だったけれど・・・・・


また元に戻って考えてみた。






自立は、おひとり様焼肉を自分が働いたお金で自分の好きな時間、曜日に好きなだけ頂く事のできる人。





自律は、おひとり様焼肉を誰(自分)のお金でも、食べたい人と一緒に知らないお店を開拓して時間を楽しめる人。







明らかに変な例えだけれど・・・・・



私はそう思うんだよね。今。






「自律神経失調症」って1度は聞いた事のある人も多いはず。



「自立神経失調症」は無い?!はず・・・・






私は医師では無いから詳しい事はわからないけれど(調べる元気ないからまたの機会に)




「自立」よりも難しいのが、



「自律」だと私は個人的に思ってる。





働けるのに働かずに親からお金を頂いて暮らしてる。



これは「自立」しようよ。でしょう?!





でも何らかの病気で働けなくて、親を含め、

誰かに甘えてでも、何とか生きていけるなら、

それは観た人が力を合わせて助けあうのはダメ?




自分で働いて頂くお金を得られるようになった時、


いつの日か、助けを求めている人に出会った時、


焼肉の美味しいお店を紹介して


一緒に食べればきっと美味しいはず。


「人から人へ」「人と人」の意味になるようなそんな気がしてる。



「お金」は大事。


無いと生きていけないから。



ただ、「お金」だけじゃない。


誰かと楽しい会話をしながら、一緒にご飯を食べる。

 


こんな些細で当たり前のことが叶わない今の私は、

独りじゃなくて、孤独だ。






私は、自立も自律もできていないので、


偉そうな事は言えないけれど、


独りで何でも出来る人がパーフェクトだと思うのはやめることにした。





「出来ません」

「嫌です」

「やめてください」


「〜出来ます」

「そうしましょう

「嫌いです」


「「好きです」

「嬉しいです」

「教えてください」





個人的に思うのは、こういう言葉を言える人のほうが凄い。





まずは、手始めに?「ブログ」という無差別に見られている場所で



宣言してみることにしました。





私は日本で暮らしていて思う。


「人と違った事をしてはいけない」


「周囲に合わせていきる事はすばらしい


「自分の意見を言ってはダメ」




この考えとは、真逆な私でも良いよ。



そう自分に言ってみる。






私の場合、



物心ついた時から、呪文のように洗脳されてしまっていた。






日本の就活の為の、リクルートスーツ。


あれって「自立」の始まりだと思いますか?







自律と自立の区別をつけない個人と企業の多さ。




自律があってこそ自立だと私は思ってる。




つまり、自律神経って大事。




うん、これが言いたかったのです。


いつもどおりですが、想定内でしたが、


長くてまとまりない文章に付き合って頂いてありがとうございました。