"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

またですか

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toyokeizai.net



この記事を読んだ感想を書かせて頂きます。

先日は「東洋経済」のアクセスランキングを見たらホームレス=男性 なイメージが頭に残ってしまう記事だった。

今日は、DV=女性 のイメージが残る記事。

誰の為に書くか、誰が読むかわからないというパブリックな場所。




今まさにDVについて、この場から離れるかどうかについての悩みを抱えている人は

誰かのDVの経験を詳細に聞きたいわけでは無いというのが私見です。



私がDVを受けて本当に苦しんでいた時には、


残念ながらまだネットで色々な情報を集められる時代では無かった。



でも今は、違う。



こうしてネットに性別も年齢も場所も関係なく繋ぎ、情報を得る事が出来るのです。



「あなたは今、家族の誰かからDVを受けている事は、ごく当たり前の日常では無いのですよ」と


一刻も早く伝えてあげる事、その場から逃げ出しても構わないのですよという情報が送れるのです。




具体的には、こんな方法があるのですという情報が欲しいはず。




私自身、DVの記事を、これまでも私の経験もあり、多く読んだと思う。



その中で、記者やライターさんは実体験者を取材して、経験談を書いている人が多い。



確かに、実体験(事実)を世の中へお知らせするのは構わないと思う。



ただ、

彼らに対して今すぐ何をどうするのか?

どうしたいのかの道しるべ(ヒント)などを

補足してその記事に足す事は出来ないだろうか??




せっかく、ライターさんは

多くの読者のある場所で記事を書ける事になったというのに

もったいないというのを残念に思う。



DVという言葉はこの20年で先進国からかなり遅れてはいたものの、

やっと浸透してきたと感じています。




ただ、具体的なイメージとして個々の人がどう捉えるか??

そこは関係ないのだろうか?



記事を書いて、

明らかに悪い事をした人を「悪い」と賛同させる事が出来て、

アクセスを1位を取ればそれで花丸を頂けるのだろうか?



他人の書いた記事を素人の私がどうこう言える立場にないのはわかる。



ただ、DVを受けました。

子供を連れて離婚しました。 

再婚しました。


今は幸せですが、DVの後遺症は残っています。



それでも頑張っているとは、何て強い女性なのだろうか。と絶賛して終わる記事に


素晴らしい!!もっと言ってやって!と、申し訳ないけれど私は言えない。





DVを受けた一人の人間として感じるのは、

もはや今の時代なら、DV経験談の記事やブログは山ほどある。



この東洋経済のアクセスランキング1位の

お金を頂いているプロのライターさんの記事なのに、オチが無いのは虚しくなる。

最後まで読んでしまった私自身に腹もたつ。



私には、難しいことはわかりません。



ただ、DVという言葉に強く反応するのは経験者だから。

ただそれだけ。




今まさに、DVを受けている人(過去も含めて)は、

TVや映画で誰かが殴られたりレイプされているフィクションを観たりするだけでも

苦しくなる人も少なく無いはず。




つまり、

どんな苦しい思いでDVに耐えてきたかの詳細など不要だと思うのです。

離婚が出来たとしても、全ての人が再婚して幸せに暮らすとは限りません。




むしろ、離れる理由、方法、手段などを付け加えることで、


今自分がDV被害者なのだと認識出来る人だって沢山いると思うのです。


ぴったりと自分に当てはまる生活環境の人は中々見当たらないかもしれません。




このDV被害を受けた女性の経験を読み、無関係の人はどのように感じるのだろう?


コメントを読んでも「うんうん、そうよね、そう言うよね。」と、

私ですら感じた。


それ以外に、何も言えないから。





付け加えると、DV被害者=女性 とは限りません。

そして、

私見として書き残します。





人の辛い体験を記事にするのであれば、


「今からここには、DV被害を受けたことのある人には

フラッシュバックを起こす可能性の内容を書いてあります、

心に暴力恐怖を持っている方は

読む前に一呼吸置いて、読む、読まないを選んでください」



このような一言を文章の始めに残してあげてください。

勿論、私自身も含めての付け加えです。





最後まで読んで頂いて有難うございます。