"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

お知らせ



私のこと。


何かしら決められている予定の日が近づくと鬱が始まり、

そのあと、意識を失ってその場で眠り込んでしまう。


それがここ最近の私です。




えぇ。えぇ。




もうこの時点で社会不適合者という印鑑を


体中に押印されているような気持ちになります。






ただ、不思議な事に再びどん底へ戻るかもしれない事を想像しても



怖いと感じません。




私がこれまで生きてきた中で、


大事な家族を失った悲しみを考えると


仮に再びホームレスになってしまったとしても、


そこから再び違う道なのか?

階段なのか?

突破口なのか?


どこかしらへ向かうように導かれそうな気が、漠然としています。





私の家族の犬くんは生前、毛だらけの体で尻尾もあって、

入れない場所もいっぱいあったのですが、

私にとって、「ペット」ではありませんでした。




生きていた間も、亡くなってからもこれからも


ずっとずっと私の「家族」です。




だから、私は「ペットロス」ではありません。



私はただ心から家族を失った事を悲しみ、


今は、それを受け止めるまでの時間を要してるのだと感じています。



泣き続ける事や悲しむ事がいけない事だとは思いません。




ただ、


ずっとずっと泣き続けていたら、犬くんが心配するでしょう。


自己申告ですが、

だいぶ心の方向が落ち着いてきていると感じるのです。




ほんの1週間前までは、


ドッグフードを買いに来ているお客さんのレジに立つのも辛くなり涙が止まらなくなったり、


同じくらいの大きさの犬と

一緒にお散歩をしている人とすれ違うだけで涙が止まらなくなる。



そんな日々でした。



でも、今は違います。




実は、最近1枚の写真を見つけました。



犬くんは毛だらけで尻尾があったけれど、

二人共、写真が大嫌いですが、

二人が同じ方向を見て笑っている写真です。



その写真は、娘が撮ったものでした。

彼女は、


「二人の顔がそっくりだからあげる。」と、


私に送ってくれた数年前のものです。




数年前は思わなかったけれど、


それは大爆笑するほどに、2人の顔がそっくりで、


それを見つけて改めて観てみたら、思わず笑ってしまいました。






夫婦の顔が似てくるというのは聞いた事がありましたが、

犬の顔が人間の顔に似てくるのは聞いた事が無かったので笑えます。





今のこんな私に写真を観るよう導いてくれたのかもしれません。


犬くんから笑顔の種を贈ってもらいました。






泣いて無気力な時間が少しずつ減り、


犬くんには安心して天国で


眠ってもらおうと思っていた矢先、今度は意識を失う。


なんで??



どれだけ検査をしても、「てんかん」などの発作ではありませんでした。



鬱のお薬を飲んだとして、すぐには回復しません。



私が今、必要なのは本当は休養です。

でも、休むわけにはいきません。

 

犬くんは最期まで認知症になるわけでもなく、一生懸命に生きて最期を迎えました。

こうやって生きて精一杯生きるんだよと、私に教えるように。



彼の日常の最期までの全てが私への教訓となった事を忘れたくはありません。






バイト先で、突然倒れてしまったり

いざ、出勤日の出勤時間が近づくと、目眩や吐き気と戦うところから始まります。




朝起きて、陽を浴び、朝昼夜を規則正しく過ごそうと、

何かが起きて、拒否ろうとするのです。



どこまでも面倒くさい体と自分に嫌気がさします。



でも今は、私はそんな自分の体と、いつか最期の日がくるまでは

決して諦めず、自分を受け止め許してあげたい。




それで良い具合に付き合っていけたら

それだけで自分には100点をあげたい。




私が出来る事。

私がやってみたいこと。

全ての命を大事にすること。

笑顔を諦めないこと。



明日、私が最期の日になったりしては大変です。

やり残した事が無いように

1つ1つを貴重に過ごしたい。



精一杯生きた人だけが、天国で大事な人と再会出来ると教えてくれた人の

言葉を信じたい。


それだけではありません。

私に、こうやって生きるのだと

格好良い生き様を体全部を使って教えてくれた

犬くんと最後に約束した事なのです。



「ママ、一生懸命頑張るよ。心配ないよ」って。




少し体が何かに拒否反応を起こしてしまっているみたいですが、

諦めません。


こういう時、気持ちは焦ります。

ただ、誰かと比べても、私は追いつけないだろうし、

追いつけても、私には私の運だったり、行方があるのかもしれません。





前向きばかりが良いと考えると気持ちが落ちます。

停滞しても渋滞しても構わないから、1つずつ「何か」を得る人生を送ろう。



故障ばかりする体。

面倒くさい体。


だけど、自分の体に「ありがとう」と言ってあげる、という事。


私の感謝の気持ちが足りなかったのかな。


やり直しです。

「大丈夫!」

この言葉を心の中で何百回でも繰り返してる。


一人でも自分を応援してくれる人がいたら

生きられるって何かで読んだ。

こんな大きな地球の中で「1人」が私を生かしてくれるなんて

凄い。

1人じゃないよ。

きっとまだまだ応援してくれる人がいるはず。


何気なく壁を観たら、こんな四角い?光が

視えたのも、何か意味を感じます。