"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

「言葉狩り」する人へ

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「○○狩り」という言葉



何言ってるのか?何が書きたいのか?

さっぱりわからないというお叱りを頂いた件について

考えてみました。



あなたと言葉(表現)が違う人を

責めるとどうなるのか?

お互いに答えは出るのか?

怒りの気持ちは相手に伝えられたか?




子供の頃から私は、文章を書く事が好きです。

ただ、ここへ来てある事を痛感しました。


文章や表現が上手でなければ

他人に自分の想いを伝える事が出来ないというもどかしさです。


私には
受け取る側に合わせて文章を書けないという事です。




今更ですが・・・・・

これまで自分の好き勝手にただまとまりもなく

自分の想いや考えを何のルールもなく書いていたという事です。



これまでの私の人生において、

文章を書く事が上手だと思った事はありません。




私の日常の生活においても

「で?結局何が言いたいの?」

「まとめてから話してくれる?」

「つまり〜〜〜〜という事?」

「何が言いたいのか、さっぱりわからない」


こんなふうに言われる事に気づけば慣れてしまっていました。




私は、自分の中で、こういう時間が訪れた日には、


言葉狩りにあった日。


そうやって自分の中で解決してきました。





なぜ、私が文章を書く事にこだわって今まで生きていたのか?


このブログの題名にしたように、

私は離婚高等裁判所でしました。


決まった場所が違うだけで

「裁判離婚」と戸籍に載るのです。



長い年月をかけて、家裁から始まった私の「離婚」に

陳述書など、文章は必須でした。




その中で、結婚していた間に元配偶者だった人に隠れて

書き綴っていた「日記」

わずか数冊が、DV法の無かった裁判「証拠」として認められ

勝訴出来たという事実が、

私の人生を大きく変えました。




結婚して間に書き綴った手書きの日記は何十冊もありました。



その大半は、

私を数人で抑えつけられた中で

元夫に親族の前で笑われながら読まれました。



そして、

目の前で捨てられてしまいました。



それでも、

逃げる試みが失敗に終わるたびに、

毎日毎日

手書きの日記を書き続けました。



何も持たず幼かった娘と逃げ出せたあと、

弁護士は、私物として

私の隠していた日記を持ち出してくれました。



私が逃げ出したあとに、

都合の悪い物は大抵処分されてしまっていましたが、

唯一、絶対に見つからないと確信していた場所に

数冊だけ、手書きの日記のノートが残っていました。




今の時代であれば、

PCの中や、USBなどに保存出来たでしょうが、

当時は、自分のPCなど持っている時代でもなく、

逆にその手書きの日記(ノート)が変色して

セピア色になっていた事が

直近で書いたものでは無い、

日付、時刻に関しても、紙の色が証明していると

裁判官は判決を出して下さいました。




きっと、今と変わらず私の書いていた文章は、

下手で、まとまりもなく、

何が言いたいのかよくわからないダラダラとしたものだったと思います。



それでも、

そのまとまりの無い意味不明であったであろう

私の書いた文章が「勝訴」に導いてくれたという自信が生まれ

誇らしさのようなものが生まれたのかもしれません。





それ以来、私は文章を書き続けています。




「手書き」では無くなったものの、こうして自分の心の内や

今起きている事の為、

頭の整理の為。



私の人生のプロセスが与えてくれた

生きる為に必要な大事な一部となっているのだと思います。



ここを読んで下さっている方々の中で


自分は文章が下手だと思う方聞いてください。


文章には、

その人の何かしらが、現れると私は個人的に信じています。

それは、公私共にだと感じています。



この今の便利な時代なら

指が痛くなる程にペンを握りしめて長い文章を書く必要も無いので

試してみませんか?


私自身もそうですが、

誰かの書いた文章、本を読む時間は、とても貴重で楽しいです。



ただ、自分が書いた文章をあとで読み返してみる事が出来たら

感動を再び味わう事が出来たり、普段は

忘れていたような事でも思い出してみたり。


なんてつまらない事で悩んでいたのか?

えー!この沸点で笑っていたの?と

気づかなかった自分

自分から教えてもらえるって素敵だと思いませんか?



言葉狩り”文章狩り”

他人にするのではなく、

自分自身にやってみる事を勧めたいです。