"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

2度め

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2007年の1月の話を今日は書きます。


当時、私はある大学で教授の秘書の仕事をしていました。

(過去にブログで書いたかも?)



秘書と言っても、

教授がアメリカ人だったので事務的な事をメインで始めたのですが

気づけば、あれよあれよといううちに、

授業アシスタントとして学生と関わる事が

増えていました。





授業の無い時間も研究室にいると学生が入れ替わり立ち替わり来て

「◯◯さ〜ん」←(私の本名)を


呼びながら何でも無い話から相談話にまで及び、やりがいのある
楽しい仕事でした。





そんな中で、

私が担当していた学生の中の1人が何者かに殺されるという事件が起きてしまいました。
その子は、本当に良く出来た学生で親思いの頑張り屋でした。






私は生まれて始めて、


極秘でひっそりと行われる葬儀というものに行かせて頂く事となりました。


道中にも葬儀のとりおこなわれる場所にも名前が出ていないご葬儀です。


誰かに何を聞かれても、絶対に口を開かない事は大前提でした。




何十箇所も刺されて亡くなったのに、その学生の顔は1番最後で観た

授業の時の顔と変わらない優しい穏やかな顔だった事は

皆を安心させてくれたのかもしれません。


ただ、犯人は10年余り過ぎてもまだ見つかっていません。






ごく最近、アメフトの試合で大問題になっている大学のあり方についてを

観ていると、

あの当時のその大学のあり方と重なってとても悲しくなりました。






私は当時の担当の刑事さんにいろいろ協力しようと思いました。
(実際、できる限りの事は協力しました)



でも、大学側は生徒がこれ以上混乱する事を望まないという事から


学内へ警察関係もマスコミ関係も一切立ち入れない状況にしていました。




私は今でも思う事があります。

警察が大学側へ申し出た事、もっと協力をするべきだったのでは無いかと。



私から何度も教授会へお願いをしました。

それでも、大学は「組織」だから。



そういう返事がその当時も今でも許せない言葉でした。


大学は、生き残りをかけて必死なのはわかります。

そして10年もたてば、当時を知る学生はいません。

明らかに学内では事件風化になっているように思います。



人ひとりが亡くなった事。

それも誰かに殺されたのです。

なぜその学生が、ひっそりと葬儀をする必要があったのでしょうか。


私は、その大学の当時の学長も、教授会で発言権のあった人に対しても

人間性を疑っています。



人が亡くなった時に、

身を隠すように葬儀をしなくてはいけないという事に

とてもとても強く違和感を感じています。



亡くなった方よりも、御遺族の事を考えてというご意見もあるでしょうが

悪い事をしたわけでは無い人の命が失われてしまった時の

対応をどうにかして守ってはあげられないのでしょうか。


人生で2度こういう経験をした私は、もう3度めは嫌です。




今日、空を見上げたら、曇っていました。

でも言ったんです。

「またいつか会いましょう!ありがとう!」って。

下記の言葉は私が尊敬している人の言葉で、これも

言いました。





"you changed my life. thank you so much." r.i.p.