"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

観てもらいたかった

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2010年6月27日。

あの日、私は京都大学の中に友人達といた事をまず書き残そうと思う。


多くの知り合いや友人が集まる場となった日だった。

(余談だけれど、この時、Hatenaの企業からも何人かは来られていて

私が "Hatena"を知ったのはこの日が初めてだった。)





当時、私は京都で暮らしていましたが、


当日集まった人達の中で


実際にお話をした人達はほぼ東京から来ていた人達でした。





あの日、ある1人の青年と会って色々な話をした。



この青年とは、1年程前から彼自身が書いていたブログをたまたま観て


読み始め、私がコメントを残した時に



返事が返ってきたところから話すようになった。





あの日から


コメント欄ではなく、お互いのメールアドレスを交換して


ああでも無い、こうでも無いと互いの人生や考えかた、いろいろな話をするようになった。






そして。


2018年 5月21日 

35歳でこの世を去ってしまった。










ちょうど、去年の今頃、


私がホームレス状態で体調は悪く、絶望的になっていた頃、


たまたまだったが、その事を知らずに


その人から今の私の夢を聞かれた。






私の夢?


家もなくなって、仕事も見つからず、その日どこで眠るか、何を飲み食べるのか?



そんな人間に、「夢」聞くか?!と思った。

(青年には、私の現状を話していなかったのだから、彼は何も悪くないのだ)







私はそれまでから、ずっとずっと願ってきた夢を改めて頭に呼び戻しながら、



そのまま、伝えてみた。


これまで私の夢を語ると大抵の人は否定的で、


悲観的な答えが返ってきて


「出来っこない」

「もっと現実を観ろ」

日々の暮らしをまともにしろ」


「人並みな生き方や考えかたをしろ」





今にして思えば、少しずつ少しずつ、


口にして私の夢を語らなくなっていた。ように思う。




私のブログを読んで頂いている方ならわかって頂いているでしょうが、


物事を完結な文章に私は出来ません。


実際、口頭でもそれは全く同じです。





だから、改めてこうして人に自分の口で自分の事を伝える事に


自信がありません。






それでも、あの時も一通り黙って聴いてくれたあとに


その青年は、これっぽっちも否定する事なく


「素敵な夢です。絶対に叶います!」と私に言った。





この会話をしたのは、去年の8月だった。

年末までの間に


何度かメッセンジャーでのやり取りがあったけれどお会いしたのはあれが最後となった。





あれから8ヶ月後。

決して私も含めて誰をも否定しないまま、誰の話でも一生懸命に

聴く人のまま、必死で生きてきたその

彼が亡くなるなんて誰が想像しただろうか。






彼の夢はエベレストに登頂する事だけだったわけでは無かった。





「否定」というを乗り越えて


チャレンジする事、痛みや苦しみを共有する「人」との


関係を大事にしたかったのだ。





国も人種も問わず、


色々な人達に自分のする行動が何かヒントになってくれたらと



2010年よりもっともっと前から語っていた。








周囲から見れば、全く夢は叶っていないように見えるかもしれない。








ただ、いつだったかに私に言ってくれた言葉を思いだした。



「夢は叶うまでが楽しいはずですよ。」と。






私が出会う前からその人はいつだって


途方も無い事にチャレンジしてきた人で、


去年の私のように家を失って


人生を見失いかけた経験もある人だ。







それでも、様々な周囲の声を受入れると決め、自分の為だけではなく


自分と同じように、体や心が弱い人の背中を押せるかもしれないと


ひたすらエベレスト登頂を目指した人だった。


9本の指を切断する凍傷になってしまった時に、

彼のお父さんは

「おめでとう」と言ったそうです。


指がなくなるのに、何でおめでたいのだと思ったと笑って語ってくれました。


お父さんは、

1つの理由は、


「生きて帰ってこれておめでとう」


もう1つは、

「更に困難を持って夢に迎える事が出来ておめでとう」と。





もし、お父さんのこの言葉が無かったら、自分は指に執着して


登山も辞めたかもしれなかったと後に話してくれました。





山も自然も人も生き物も大事にする人だったけれど


「僕は格好悪いけどただのドMなんでしょうね」
と、


くったくのない笑顔で話してくれた事もあった。






私が京都から東京へ移り住んでからも、何度か会う事があったけれど


とにかく、私はいつでも自分の事でいっぱいいっぱいで、


彼の事はたまにFacebookなどで送受信するメッセージくらいで、


それ以外は、ネットで耳に目にする程度になってしまっていた。






勿論、今年の春もエベレストへ向かう事は知っていて、


Twitterやブログで観ていた。







私が21日の月曜の朝、


青年の死を知ったのはある人からの連絡で知った。






私はたまたまお仕事は休みで家にいた。


その知らせを朝に聞いた時、


体中の血が足の方へ流れるよう感じになった事を覚えてる。





まずは余りにショックで、自分でも何をしていたか?


時間が数時間止まっていたように思う。


涙が出るとか、ドラマのように人の死を悲しむ自分ではなかった。








なぜか?






「そうだお鍋を洗おう。」と。


片付けていたお鍋をいくつか出して、磨いた。









「そうだ。お洗濯をしなくちゃ」と思った時には、外が真っ暗で。









その次に頭に浮かんだのが、


「そうだ。頂いていたメッセージにお返事をしよう」
と。









「そうだ。犬くんと寝よう」





結局、一睡も出来なかった。









やっぱり何かの間違いかもしれない。

どうやったら本当の情報を知れるのか。


この場に及んで慌てた。







海外メディアも日本のメディアも取り上げていた


ニュースの文章を


何度も何度も読んでも、Fakeかもしれないと思う自分がいて。






山からヘリで遺体を運ぶ写真を観て、


これは誤報ではなく現実に起きてるのだと


改めて頭を整理しようとしたけれど、


さっぱりダメだ。


そうだ。

事務所(彼の会社)で何かお手伝いをする事があるかも?

いや・・・・・


私が行かなくても大勢の人達が押しかけているか、


自主的に手伝おうとする人は余っているだろう。





こんな時に、私は何から行動して良いのかがわからない。






彼の会社の創立以来、ずっと一緒に頑張ってきた女性がいて



スポンサーや応援をしてくださっている方々へ


コメントを書いていて、やっぱりこれは現実なのだと思い知った。








私が東京へ来る前から何度も励まされ、励ましてきた1人。


いつからか、その青年からは私が距離を置いてしまったのに


去年、エベレストへ上がる前に



私の夢は昔と変わっていないという話を否定する事なく、
素敵な夢だと言ってくれた事を私は一生忘れないだろう。





去年の今頃の私は、夢どころかその日の事すらも真っ暗で

何も視えない状況だった為にその頂いた言葉を

サラッと流してしまったに違いない。








やっと・・・・・・


2人の素晴らしい人の言葉と温かさに触れる事が出来たおかげで

やっと最近になって私はスピードは遅いけれど、

しっかり前を観て、下を向かず、空にも目を向けられるようになり

はじめたばかり。





自分の足で1つずつ感謝しながら生きて


いこうと思えるようになってきていたのに。

(自分でそう言ってるだけで実際は?)







下山を今回すると知ったとき、東京へ戻ってきたら


また会いに行ってみるのも良いかもしれないと、

自分のタイミングばかり考えていた。





なのに・・・・・
何で遺体になって戻ってくるのかな・・・・・







自分にとって多くの味方と敵を区別せずに大事にしてきた人だ。


それを間近で観る事が出来た私は


もっと早くに多くを学べたはずだったのに。

目を向けようとしていなかった私の事を見抜かれていただろう。





ようやく今になって「感謝」するということの持つ意味の深さ

に気付ける準備運動が着実に進んでいた矢先だったのに。


自分の顔を上げて前を観る事や、想う気持ちが生まれてきていて


新しい自分と、新しい環境で


これからの人生を一生懸命に大事に丁寧に過ごすと決めた矢先なのに。







これまで、私は何度か成田まで見送りに行った事があった。


京都で暮らしていた時は、車で何度も東京まで行き来していたから


成田へ見送りに行く事は、苦でもなんでも無かった。





一時期、山へ一緒に入っていたスタッフの中には


1人だけ女性がいた。


その女性は昔から私にとても親切にしてくださった事を思い出す。





あの青年の周囲には、


素晴らしい人間味のある人達ばかりだった事を今更ながら思い出す。


人並みな?言葉をここに書く事も声に出す事も今はまだ無理だ。






ただ、今日ここに書き残しておきたいのは、


私の人生感を変える為に、背中を押してくれた事に


「ありがとう」


残しておこうと思う。