"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

イノナカノカワズ

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私の性格が悪いのか、いつまでも過去に執着してる自分を

意外な事で知らしめられてしまって気持ちが下がってる。




多くの人が観たと思うけれど、

相撲の土俵上に女性が上がって人の命を救った。



「女性は降りてください」というアナウンスのいち場面。

TVの放送についても不愉快になる。



「神聖」とか「女人」とか。

この単語自体に疑問を誰も持たないの??



この言葉が大嫌いで何十年も過ごしてきた私にとっては

吐き気が止まらなくなる。



過去に私はブログに書いた事があったけれど

私の結婚していた生活の中で

「神事」の概念がどれ程私を苦しめ、

不愉快に感じ人生を変えたかの過去。


神道が今でも大嫌いだ。


歴史や現代という時代の問題ではなく、

男尊女卑の概念はどの時代にもあって

これからだって変わらないだろう。




議論してもしても

この宗教は変わらないと思う。




相撲に限って言うなら「神」を全面に出すなら

公益法人ではなく、宗教法人にすれば?というのが個人的な考えだ。


相撲は国技で「伝統」があり歴史だからと言う人達。

あれが国技ですと世界中に伝えなくてはいけない事は

同じ日本人として最も恥ずかしい。

世界中のニュースが今回の事態を

どんな風に伝えているかを

日本国内でしっかり知るべきだって思う。





宗教は自由。

どんな考えや教えを伝えて何を誰が信じてもそれは自由だって思ってる。


人が生きる死ぬ以外の選択肢しか無い出来事が目の前で突如起きた時、

わずかにでも自分が助けられる可能性をもっていたとしたら

私ですら土俵へ上がっただろう。



人を助けるという事って

概念とか理論とか理屈じゃないって思う。


目の前で一刻を争う事態。


土俵の上で咄嗟の判断で人を助けた女性を同じ女性として誇りに思う。



力では絶対的に男性には劣る。



「命」より大事なものがあるのだろうか?

私が今ここで

こうやって生かされているのも

いつか振り返ってみて意味があるのだと信じたい。



私を助け生かした人が

あの時、

「生かす為に助けて良かった」と思ってもらえるような人になりたい。


今これを書いているこの瞬間ですら

気弱になってしまう事が何度も何度も襲ってくるたびに


私は今再び女性に助けてもらってる!と声を大にして言いたい。




土俵の上で心臓マッサージを必死でしていたあの女性を観て

涙が止まらなくなった。



自分に重ねる事は間違っているけれど、

事実がわかればわかる程、息苦しくなってしまう。



昨年1年だけで私の目の前で

いきなり倒れた人に私自身が心臓マッサージをした人が一人。

もう一人は、息があったので救急車を呼んだ人。


1年で2度。

今後、私が生きていく中で、

どこにいてもどんな場所でも目の前で人が倒れてもおかしくない。



女性という理由ではなく

人として誰にでも

この行動が地球のどの場所にいても

どんな人でも当たり前の事が出来る社会になっていくように

私自身も頑張る!