"私の裁判"

高等裁判所で裁判離婚したその後の人生(女ホームレスから自己破産→人生再生中←今ココ)

家族の否定関係

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これも伝えたい。

あれも伝えよう。

毎日頭の中に活字がずらずらと襲ってくる。


頭の中の想いを文字に文章にしたい。24時間ずっと書き続けていたいと何度思っただろう。


考えてみると

私は子供の頃から、言葉にする事が下手だった。

いつも上手く伝えなくちゃと思って焦って結局自分の想いを

伝えられた事が無かった。



今は、自分の娘への想いがうまく言葉で現せない。


一生懸命に伝えようとするけれど、

気持ちの焦りから、想ったとおりの言葉にならない。



このまま想った事を伝える事が無いまま

いつか、

いつか、


彼女と別れる日が最期の日がやってくるのかな。




文章にしたり、文字にしても

自分の想いが正確に娘に伝わらない。


自分の娘なのに。

彼女は私が誰よりも愛する「人」なのに。


彼女とは喧嘩別れになったままママとしての

最期を迎える日がくるのかな。




「娘はもう子供じゃない」とある人は言った。

そんな事言われなくてもわかってる。


でもね、親にとって子供は最期の最期まで

子供なのだよ。
 

子供扱いという意味では無い。

子離れとか親離れとかそういう問題でも無い。



ただ。

親は、子供を想う事、気持ちに代わりが無いという意味で。


私は役立たずな親だけれど

子を想う愛情だけでは駄目ですか?


娘とは会わないほうが良いと理解してる。


母である私を責めて苦しむ娘。

娘に責められて苦しむ私。


そんなハリネズミの親子のような関係で

今は近寄る事はお互いが傷つけあうだけだ。


お互いがお互いを想うが為に、傷つけてあってしまうなら

近くなり過ぎなければ良い。

悲しいし、寂しいけれど、

分かり合えないならば、それは問題ではなく

お互いがお互いを認め合う事から始めたい。



子供を見捨ててしまうような感覚になってしまう。

娘もまた、

親を見捨ててしまうような気持ちに苦しんでしまうのだと思う。



ハリネズミ親子だとしたら、

言葉でなくても、ハグでなくても、

気持ちをそっと伝える方法はきっとあると今は思う。


私は、母親としても人としても

完璧ではないし、むしろ最低限に出来なくてはいけない事が

出来ないのかもしれない。


でもね。

私がこれまで自分の子供である娘を箱に閉じ込めようと想ったことは無いんだ。

彼女には、大きな場所で羽ばたいてもらいたいから。


彼女の思う母親像にはなれないし、ならない。

なろうとして頑張って頑張ってと自分に言い聞かせていた。


そうじゃないんだ。

ママは家で見せる顔と外で見せる顔が違う事を娘はわからなくて当然。


いつか?娘がそんな母親を思い出してくれるといいな。

娘が私に投げかける否定的な言葉は、彼女の甘えだ。


外で観せない顔を私の前では見せているからだろう。


彼女が吐き出す暴言は私が許せば良いという事では無い。


だからと言って、

彼女に今の私が何をしてあげられるわけでもなく。


助け合う、

補えるような環境に無い事が悔しい。


愛情だけで家族が成立しないのだと痛感してる。